毎回さまざまなゲストに登場してもらい、<フジロック・フェスティバル(以下、フジロック)>の魅力・思い出・体験談について語ってもらう「TALKING ABOUT FUJI ROCK」。今回登場するのは先日活動10周年を迎え、それを記念した日本武道館でのワンマンライブ「10th Anniversary Live “彼は天井から見ている”」を成功させたばかりのキタニタツヤ

ボカロP・こんにちは谷田さんとして楽曲を発表し始めた彼が、活動10周年で初めてフジロックに出演する。ライブも精力的に行いながら、リリースのペースも落とすことなく活動を続ける彼に<フジロック>について訊いていくと、内に秘めた熱い想いを語ってくれた。

Interview:キタニタツヤ

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<フジロック>へ呼ばれることには理由がある

──今回<フジロック>初出演となります。出演が決まったときの心境を教えてください。

母親がロック好きなんで、<フジロック>の存在は早くから知っていました。なので、「やっと出れる!」という感じでしたね。やっぱり<フジロック>に出ることは一つの目標だったので、こうして出演が決まって嬉しいです。

──<フジロック>に対してどのようなイメージをお持ちですか?

音楽好きのためのフェスですよね。ある意味、キュレーションにちょっと偏りがあるというか、とりあえず人気なものを集めたフェスではない。ラインナップにキュレーターの意図を感じるし、本当に音楽好きが作っているなと。なので、そこに呼ばれることには理由があるように思うんです。

例えば自分がどれだけ数字的な成果を出しても、それは<フジロック>に出れるか出れないかにあんまり関係がないだろうなと。自分のやっている音楽は「ポップス」と呼ばれることが多いので、<フジロック>のお眼鏡にはかなわないだろうと勝手に思っていたんです。だけど、純粋に音楽好きに好かれる良い音楽を出し続けていればいつかは出れるだろうという心構えではいましたね。

──いつでも出れるような心構えではあったということですね。これまで<フジロック>に遊びに行ったことはありますか?

一度だけあります。コロナ禍前の2019年ですね。行ってみたいなとずっと思っていたんですけど、それまでは学生だったりしてなかなか難しくって。

──そのときは誰のライブをご覧になりましたか?

RED MARQUEEで観たライブは、どれもすごく良かった記憶があります。ミツキ(Mitski)、トロ・イ・モア(Toro y Moi)、シェイム(Shame)を観ました。あ、ダニエル・シーザー(Daniel Caesar)、オールウェイズ(Alvvays)、落日飛車(Sunset Rollercoaster)も良かったですね。本当にRED MARQUEEばっかり(笑)。フォニー・ピープル(Phony PPL)もちょっと観れて、ステラ・ドネリー(Stella Donnelly)も観たな。それで、チョン(Chon)を観て帰ったんです。ほとんどRED MARQUEEにいて、たまにGREEN STAGEに行ってという感じでしたね。

その時はとんでもなく暑くて、しかも2日目にありえないくらい雨が降ってました。アメリカン・フットボール(American Football)を観ている時にめちゃくちゃ降ってたんです。ウチのバンドのサポートギタリストといっしょに行ったんですけど、デス・キャブ・フォー・キューティー(Death Cab for Cutie)がアンコールをやらなくてブチ切れてました(笑)。俺はそれを早々に諦めて大雨の中お風呂の列に並んでましたけど。

あと、3日目のWHITE STAGEで観たヒョゴ(HYUKOH)がめっちゃ良かったですね。大好きなんですけど、初めて観れたんです。ハイエイタス・カイヨーテ(Hiatus Kaiyote)も観たな。めっちゃ観てますね。本当に好きな海外のバンドがいっぱい出ていたんですよね。1日目にキング・ギザード&ザ・リザード・ウィザード(King Gizzard and the Lizard Wizard)を観ていたら知らない外国人3人組に「イエーイ!」と声をかけられて、「ああ!これが<フジロック>か!」と最初思ったのを憶えています。「祭だなー!」って感じましたね。

──がっつり楽しんでいますね! 今回の<フジロック>で観たいアクトはありますか?

ガール・イン・レッド(girl in red)とユセフ・デイズ(Yussef Dayes)はとりあえず観たいです。ザ・ラスト・ディナー・パーティー(The Last Dinner Party)も良いですよね。あ、フリコ(Friko)は初日なんですね。フリコを呼んだ<フジロック>はマジで偉いです! だって今年の初めにアルバムがポンと出て、それまで世界中の人が全然知らないバンドだったのに、なぜかX(Twitter)の日本の音楽オタクの間で話題になって、そこですぐ呼ぼうと思ったわけですよね。これはすごいことですよ。

1日目は他にもオマー・アポロ(Omar Apollo)、レミ・ウルフ(Remi Wolf)……あ、エリカ・デ・カシエール(Erika De Casier)は観たいですね! ケニア・グレース(Kenya Grace)も観たいです、最近聴いてました。日本人のアクトだとbetcover!!は1回生で観てみたいんですよね。ライブを撮影した人が動画をSNSに上げていて、それをめっちゃ観てますね。かっこいい。それと、森大翔さんはギターがめっちゃうまくて。この人も観てみたいですね。

──たくさんチェックされていますね。

ミーハーなんで(笑)。

──どうやってチェックしているんですか?

新曲のプレイリストは使わず、クリエイター仲間に音楽オタクが多いので、そいつらがインスタのストーリーズやXに投稿しているものを聴いたり、Xにいる音楽オタクの界隈を眺めたりして新しい音楽を知ることが多いです。それこそフリコがアルバムを出したときの盛り上がりも見ていました。そうやって人を信頼して聴いていますね。

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──なるほど。少し脱線してしまいましたが、今回の<フジロック>でのご自身のステージについて考えていることはありますか?

僕が2019年で一番良かったと思ったのがトロ・イ・モアだったんです。で、2022年に配信で観たアーロ・パークス(Arlo Parks)もすごく感動したんですけど、どっちも割とシンプルなステージセットだったんですよ。ヒョゴもそうです。まだ自分はどうするか決めていないですけど、<フジロック>の良いアクトはシンプルな印象があるんですよね。

セットリストは他の夏フェスに出るときとは変えたいと思っていて。僕のことを知らない人、特に「キタニタツヤって“青のすみか”しか知らないけど、どうなんだろう?」というお客さんが大半だと仮定して、なおかつ<フジロック>って純粋に外で気持ち良く踊れる方が良いと思うので、有名曲に限らずそこに合わせたセットリストを組めればと思っていますね。

誰かにとっての特別な1日を自分が作る

──ここからは<フジロック>に限らず、キタニさんの近年の活動に触れていけたらと思います。武道館公演も含め、ホールやアリーナ規模でのライブも増えていますが規模が大きくなるのに合わせて意識の変化はありますか?

小さなキャパのライブハウスより、お客さん目線から観て特別感が大きくなると思うんです。ライブハウスのライブの方がより日常に近くて、規模が大きくなってホールやアリーナになると、アイドル的なものになっていくというか、エンターテイメントになっていく。テレビの奥の人のような、「自分とは違う存在を観に行く」ような感覚にどんどんなっていくと思うんですよ。

今の自分は後者のように見られる機会も増えている感覚があります。純粋に演者との距離が遠くなって、ステージの上の人がどんどん特別に見える、そういう魔法のようなものがかかるようになるという話でもあると思うんですけどね。「誰かにとっての特別な1日を自分が作るんだな」と考えると、責任は自ずと大きくなっていきます。

──そういった見られ方には慣れないですか?

全然慣れないですね。今までは音楽が好きな人が僕に気づいて観に来てくれていたのが、そうではない人にも気づいてもらえるようになって。そうすると子どもとか、すごく若い人も来るわけですよね。大人になってから観る1回のライブより、子どもの頃に観る1回のライブの方が、その後に及ぼす影響がデカいじゃないですか。少なくとも自分にとってはそうだったから、そういうことも考えて、「責任重大だ、ちゃんとやらないとな」という想いがより強くなっています。

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──キタニさんが小さい頃に観て印象に残っているライブはどのようなものでしたか?

VOLA & THE ORIENTAL MACHINEと8otto、MO’SOME TONEBENDERの3バンドは幼い頃から、東京だとLIQUIDROOMや今はなきSHIBUYA-AXくらいの、ちょっと大きめのライブハウスによく観に行っていましたね。14歳くらいまでに聴いていた音楽って一生聴くものじゃないですか。その3バンドはめちゃくちゃライブに行ってましたね。

──その3バンドのライブがキタニさんの中にあるライブの理想に近いのでしょうか。そもそも、理想のライブのイメージはありますか?

そのとき観ていた、いわゆるロックバンドらしいロックバンドと自分は全然違う存在だと思っているので、あまり意識しないです。自分のライブの理想形はなんだろう……特にそのヴィジョンはないかもしれない。ライブ前にYouTubeでたまにライブ映像を観たりするんですけど、そのときよく観るのはブリング・ミー・ザ・ホライズン(Bring Me The Horaizon)です。純粋に心拍数が上がってテンションが高くなるからっていう理由で観ていますね(笑)。

──それをやろうというわけではないんですね。

歌唱スタイルやジャンルは全然違いますけど、敢えて言うならあの破壊的な雰囲気を自分なりにやれたらいいなと思ったりしますね。ブリング・ミー・ザ・ホライズンのオリヴァー(・サイクス)はパフォーマンスも含めてすごく好きです。

──ブリング・ミー・ザ・ホライズン以外で、よく観るライブ映像はありますか?

「良いライブ映像プレイリスト」をYouTubeに作っているんです。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTばっかりですね(笑)。それとハヌマーンっていうバンドが大好きで、フェスの新人枠のようなところに出ていたときの3曲だけのライブ映像なんですけど、それもめちゃくちゃ観てましたね。

──キタニさんの琴線に触れるライブの共通点はありますか?

ギターがうるさい(笑)。ギターとドラムがうるさすぎて歌が全然聞こえないような、そういうライブ映像は好きですね(笑)。海外のバンドではアークティック・モンキーズ(Arctic Monkeys)の若い頃のライブ映像、<グラストンベリー・フェスティバル>の映像が何個かあって、それもよく観ています。

──グッとくるステージ上での仕草や立ち振る舞いのようなものはあったりしますか?

真似するわけではないですけど、アベフトシがジーッと突っ立ってギターを弾いているのがかっこいいなと思いますね。あの人は目が怖いんで、それだけで様になる。解散ライブかな。最後のライブの“世界の終わり”という曲のときも完全に無表情で突っ立ってギターを弾いていて、それもいいんですよね。

それと<ロラパルーザ>の2021年のタイラー・ザ・クリエイターの映像も良くて、演出もすごいし、ストーリーもあって、半端ない運動量で(笑)。しかも毎回演じるキャラクターが違っていて、この前の<コーチェラ・フェスティバル>では爆発に始まり爆発に終わる感じで、面白いですね、真似できないけど憧れるな。

──先日の<コーチェラ・フェスティバル>は派手な演出が多かったですね。

みんな派手でしたね。「経費つぎ込め!」って感じで。

──配信を前提にしている部分もありそうです。

そうですよね、みんなが切り抜いてSNSにアップしたくなるような画の強さがありますね。

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──もしキタニさんが好き勝手に、経費をどれだけ使っても良かったらどんな演出をしたいですか?

何かデカいオブジェクトを作ってステージに置きたいし、そこに映像を投影できたら良いですね。あとは車に乗って登場してステージの上でその車を燃やしたい。それとインド映画みたいな終わり方をしたいんですよね、みんなぞろぞろ出てきて踊って終わる。あの大団円感はすごいです。

ライブを綺麗に締めたいという欲求があるんです。最後は前向きに終わりたい。アルバムは毎回暗く終わっているんですけどね(笑)。でもライブはそうではなく、終わった後にみなさん現実へ引き戻されて、駅まで歩いて電車に乗って帰らないといけないわけじゃないですか。駅まで歩いているときはまだ余韻があるかもしれないけど、混み合った電車に乗って家に帰るときには最悪な気持ちになると思うんで、最後は明るい曲で終わりたいんです。その大団円感の極致がインド映画(笑)。

音楽の宣教師になりたい

──個人的にキタニさんはパフォーマーというよりコンポーザーとしての自覚が強い印象があるのですが、そういった点はライブを重ねていく中で変化していますか?

ライブをやればやるほど、自分の本質はコンポーザーなんだと思いますね。圧倒的なパフォーマーというのはいくらでもいるんで。しかもやればやるほど、それって才能の領域だなと思ったりするんですよ。自分はもう30歳手前なんで、めちゃくちゃ頑張ってはいるけど、純粋なパフォーマンスだけでは勝てない人たちがいるというのはなんとなくわかっているんです。

その上で、自分が何で戦うかというと、やっぱり曲の良さだと思うんですよね。全体的なクリエイティブをどう見せるかも含めてですけど、僕がメインでやっているのは、曲を作ることと歌詞を書くこと。そこの強さが、僕が凡人なりに頑張ってきたパフォーマンスの上に乗っかれば勝てると思っているんです。それに、一生やっていたいなと思うのは人前で演奏するより家で曲を作ることだと思うんですよね。

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──今年はすでにアルバムもリリースして、武道館公演を含むライブにもたくさん出演していますが、キタニさんの今年の活動の軸はどこに置かれているんですか?

今年に関しては、とにかく呼ばれたイベントは全部出まくる年なんです。特に地方を贔屓にしようという気持ちが個人的にはあって。今年の1月に大分県の、それも大分市ではなく、毎年人口が100人ずつ減っているような自治体の学生さんが呼んでくださってライブをしました。そういうところをどんどん贔屓にしていきたいです。例えば東京の大きな会場で何万人も入れてやるのももちろん美しいし、いつかはやってみたいと思うんですけど、それより優先すべきものとして、どんな県に行っても1000人以上のキャパの市民会館のような場所でできるような男になることが目標なんです。それが本当の意味で日本全域に自分の存在と音楽が知れ渡るということですよね。

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それに、自分は音楽の宣教師になりたいんです。例えばヒット曲が3曲あれば、それ以外はマニアックな音楽を作っているとしても、その3曲を聴きに色んな人たちが来てくれるかもしれない。そこでマニアックな音楽を演奏して、その中で1曲でも気に入ってくれるものがあったら、それをきっかけに海外のよく知られていないバンドを聴くようになって<フジロック>に来るかもしれない。そういう布教をしたいんですよね。音楽って良いものだよって。だから、テレビに出たりするのも苦手なんですけど、出させていただける話があり、スケジュールが可能な限りはお断りせずに出ようというのは去年からやっているんです。テレビでしか届かない範囲の人たちにも自分のライブを見てもらえるように、まずテレビに出ようと思って。そういうことは常々考えていますね。

──すごく志が高いですね。そう考えるに至ったきっかけはありますか?

<UNFADED BLUE>ツアーで行ったことのない場所を回ったときですね。やっているうちに「これはどんどんやっていった方がいいな」と明確に思ったんです。ライブすると街を見るじゃないですか、それでその場所の解像度が上がるというか。僕は東京で育ったし、インターネットですべてが解決すると思っていたインターネット人間なんで、すべての情報はインターネットで取れるから日本全国どこでもそうだろうと思っていたんですけど、意外とそれってあまり関係ないことがわかったりもして。ライブであまり行くことのない場所の人ほどライブに飢えている感覚もすごく伝わってきたので、「飢えさせちゃダメだろ、こんな若い子たちに!」「きちんと食べさせてあげたい!」って思うんです。だから自分が行ける限りは頑張って行きたいです。

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──自分も田舎育ちなので、地方の若い子たちがライブに行く難しさはわかります。

そうですよね、中高生なんて絶対県外に出るのは難しいんだから、こっちから行かなきゃ。

──宣教師と言うと、「おげんさんのサブスク堂」などをやっている星野源さんなども近い感覚を持っているように感じます。

星野源さんとサカナクションはすごくかっこいい。音楽的なものを越えて、どちらも1度存在が知れ渡ったアーティストだと思っているんですけど、そのゴールを達成した後に何をするかが重要で。そういった点でめちゃくちゃ立派ですよね。ゴールしたら「はい終わり」でそこからテキトーにやっている人もいっぱいいる中で、そこを真面目にやっているのがかっこいいと思うので、目標というか、私淑していますね。

──もしかしたら今回の<フジロック>でキタニさんのライブを観るお客さんの中にも、星野源さんとサカナクションをきっかけに音楽にのめり込んでいった人がいるかもしれませんよね。では最後に<フジロック>の意気込みを教えてください。

日本全国の音楽オタクが集まるお祭りだと思うので、「キタニタツヤ? 名前だけ知ってるけど実際どうなの?」と、舐めた感じで観に来てください。ちゃんと今まで聴かなかったことを後悔させてあげます。「なんだよ、良い曲いっぱいあるじゃん!」って思わせますから。

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Photo by 横山マサト
Text&Interview by 高久大輝