毎回さまざまなゲストに登場してもらい、<フジロック・フェスティバル(以下、フジロック)>の魅力・思い出・体験談について語ってもらう「TALKING ABOUT FUJI ROCK」。今回の語り手は、昨年活動10周年を迎え、原点回帰とも呼べる弾き語りツアー「折坂悠太 らいど 2023」の開催し、初の詩集となる『折坂悠太 (歌)詞集 あなたは私と話した事があるだろうか』を刊行した折坂悠太

10年間の足取りを確認するような昨年の活動を経て、2021年のアルバム『心理』以来となる新作も完成間近という折坂悠太にとって、フジロックとはどのような存在なのだろうか?

2018年のGypsy Avalon、2022年のGREEN STAGE出演以来、今回が3度目のフジロックとなる折坂悠太に近年の活動を踏まえて話を訊いた。

Interview:折坂悠太

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その瞬間瞬間で今を意識して

──まず今回の出演が決まったときの心境を教えてください。

<フジロック>も今回で3度目ということで、最初に出演した頃は「すごい、<フジロック>だ。やった!」という感じでした。もちろん今も嬉しいことは変わりませんが、ホーム感、安心感のようなものがあります。特別なステージではあるけど、今まで築いてきた関係性もあるし。「またあそこに帰れるんだな」という気持ちでしたね。

──今回の出演は2022年のGREEN STAGE以来となります。前回のステージはいかがでしたか?

2021年に出演を辞退したこともあり、まず「受け入れてもらえるのか?」という不安がありましたね。でも必死にやるしかないと思って、文字通り必死でした(笑)。準備を重ねて、リハもバッチリやって、盤石の状態だと思っていたんですけど、ライブが進むにつれて記憶が薄れていったというか、よく覚えていないんです。

「ああ、こんな気持ちの良い場所でライブができるんだ」と思って、最初にステージに出ていったときはいろんなところを見ていたんですけど、あの年は暑くてだんだん汗とよくわからない液体にまみれていって。気持ちと気候が相まって必死なステージでしたね。

──前回の<フジロック>出演後にYouTubeの配信で「泣きたいような気持ちになった」とおっしゃっていたのが印象的でした。

コロナ禍の少し前に、GREEN STAGEに一緒に立った重奏のメンバーで(活動を)始めました。メンバーとの関係性を築いていく中でコロナ禍があり、メンバーには京都の人が多かったので、行き来にも心配がある中で続けてきて。当時は、また感染が広がっていた状況だったんですけど、そういうコロナ禍においての歩みを共にしてきた人たちと、私含めて7人が、当日誰一人欠けることなくステージに上がれたことがまず大きかったです。

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メンバーと舞台の上で演奏しながら顔を合わせたりしていると、なんだかジーンときてしまって。ライブが終わって「やりきった」という思いと、音楽を始めたときからどのライブでも思うことですが「あそこはこれでよかったんだろうか?」という気持ちと、「みんなとステージに上がれて良かった」という気持ちが混じり合い、なんとも言えない、泣きたいような、誰とも喋りたくないような、みんなとハグしたいような感覚でしたね。友達とバンドを始めた、最初のライブでも同じ気持ちになったのを覚えているので、そういう意味では初ライブに近かったのかもしれません。

──ライブ関係ではコロナの影響はここ最近落ち着いてきました。ツアーも含め、そういった環境で実際にライブを重ねていく中で心境の変化はありましたか?

この時代において、音楽をやったり、言葉を発信するということに責任があって。たくさんの声を聞いてそれを背負わなければならないという感覚がコロナ禍真っ只中では強くありました。今は、自分がステージに上がって歌う、何かを表現することの瞬間的な喜び、身体的な喜びのような瞬間だけを考えて、今を色濃く生きることが基準になってきたというか。状況の変化も手伝って、心境も変わっているんだと思います。

──昨年は10周年弾き語りツアー「折坂悠太 らいど 2023」など原点回帰的な活動が中心にあったように思います。

弾き語りツアーをやろうと思ったのもまさに心境の変化がきっかけでした。何かを表現する上で、まずは一個人であるということ、自分の部屋でギターを弾いて歌を歌い始めて、音楽を作って録音し始めてというところから始まっていることなので、そこに立ち返ることによって今自分がやるべきこと、やるべき表現がちょっとずつシンプルになってきた気がしています。

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──お客さんから受け取るものにも変化はありましたか?

ライブのとき目の前にいるお客さんは、知り合いに近い感覚なんですよね。特に<フジロック>はGREEN STAGEに出たときもライブが始まる前に、私の名前じゃなくて重奏メンバーの誰かの名前を叫んでいるお客さんがいて「私は?」という気持ちにもなったんですけど(笑)。すごく温かく観てくれている気がします。ステージでまとまらない話をしている私や必死になってワケがわからなくなっている私も含めて観にきてくれているというか。

完成された音楽、ショーとしての部分ももちろんあるだろうけど、「折坂くん元気かな?」くらいの目線がどこかにある気がしていますね。それは弾き語りでもバンドでも同じ印象です。

──なるほど。

あと私はお客さんと演者で、こっち側、向こう側とあまり別けて考えていなくて。私も<フジロック>にプライベートで参加したときはお客さんとしていたし、今はアーティストとして参加しているけど、やっぱり一緒にライブを作っているという感覚なんです。特に<フジロック>はそういう性質が強い気がしていますし、この感覚は<フジロック>から学んだことでもあります。

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<フジロック>のホームページにも「みんなで作っていくものです」といったメッセージがあるんですよね。そういう意味で、私が楽しみを提供するという感じではなく、ライブはみんなが楽しみ方を模索する場というイメージです。私は私で自分の楽しみを模索するし、みんなもそれぞれで楽しみ方を模索して欲しいというか。普段のライブでも同じで、今回は自分はどういう感じでやろう?みんなはどんな感じで来るんだろう?と楽しみにしています。

──現在はアルバムの制作中と伺いました。折坂さんの中でライブとスタジオでの制作はどのように関係していますか?

前まではライブでやることと音源を作ることは自分の中で別れていたんです。特に音源にするときはリズムもピッチもちゃんと合わせるものという感覚でいたんですけど、最近はどちらも瞬間芸術だなと思うようになりました。結構考え方が変わってきていますね。

それもコロナ禍を経ての感覚の変化と似ていると思うんですけど、今はもっと、例えば音楽的には正しくないリズムのヨレやピッチのズレのようなものが、その瞬間においては正解になる。それがグルーヴになっていくということを意識するようになリました。音源の制作も、ライブも、その瞬間瞬間で今を意識して大事にしてやる。それを音源に収めるということに意識が向かっています。それはライブに影響を受けているのだと思います。

──即興性、生の感覚をこれまで以上に大切にしているということですね。昨年は初の詩集『折坂悠太 (歌)詞集 あなたは私と話した事があるだろうか』も刊行され、歌と言葉の関係性を見つめ直す機会も多かったのではないかと思います。

詩集を作ったときに、歌詞を文字で並べたときの面白さを改めて感じました。メロディーをつけずに活字だけで読んでも面白くなっているかという基準は最初から持っていましたが、一冊の本になると、より一層そういった目線で歌詞を見るようになってきて。今回のアルバムも歌詞には注目してもらいたいですね。

──アルバムはほとんど完成しているんですね。楽しみに待っています。すでにライブでプレイしている曲も収録される予定ですか?

はい、前回の<フジロック>でやった曲とかも入っていたりするので、もしかしたら「あのときのあの曲だ」と思ってくれる人がいるかもしれないです。

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“ロック”のイメージを<フジロック>へと返す

──すでにいくつかのフェスに出演することもアナウンスされていますが、<フジロック>でのステージで特に意識することはありますか?

やっぱり<フジロック>は“ロック”なので、そこですね。自分の音楽の表し方として、いろんな要素を入れて楽しんでやっているんですけど、でもやっぱり私も<フジロック>で「これがロックか!」というのを学んできた人間なので。私の思う今何が“ロック”かを返したい気持ちがありますね。

──折坂さんのロック観にはこれまで観てきた<フジロック>の影響がありますか?

めちゃくちゃあると思います。特にバンドで自分の音楽を表現したいと思うようになったきっかけの一つとして、自分が<フジロック>で感じた、音楽のスケール感のようなものはすごく大きいです。言ってしまえば、自分がやっているのは一人で弾き語りでやっても成り立つ音楽ではあるんですけど、やっぱりバンドでやりたいと思うのはそういう部分なので。<フジロック>ではこういう音が鳴っていて欲しい、という自分のイメージをステージでも表していきたいですね。

──そういった意味合いでも<フジロック>は特別なんですね。フェスによってカラーに違いがあってセットリストも変わってくるかと思います。過去のインタビューではセットリストは「物語、映画的に考えている」とおっしゃっていました。セットリストを組む上で意識していることはありますか?

どの曲を当てがっていくか、というのは考えますね。曲調もそうなんですけど、私は歌詞で繋げることが多いです。自分の中で「この歌詞とこの歌詞は兄弟」という感覚があったりするので、「この子の隣にはこの子」「うるさいヤツはちょっと遠ざけて」とクラスの席替えをするような気分で考えますね。物語とも言えるし、一個のキャラクターのように捉えているかもしれません。

以前は終わりに向かって盛り上がっていくイメージというか、「そうしなきゃ」という気持ちがあったんですけど、今はお客さんに隈なく良い時間を過ごして欲しい。ちょうどツアーのセットリストを組んでみているんですけど、ガーッと盛り上がってバーンと終わる、みたいな組み立てからはちょっと考え方が変わっていっていますね。

──ライブを観たあとの楽しみも増えます。<フジロック>は新作発表後のステージになると思いますが、新曲が組み込まれるのも大きいですよね。

今回のアルバムは特に、セットリストの組み方が変わるだろうなという曲がちらほらあって。それはまだ一度もライブでやっていない曲なんで、すごく楽しみですね。歌詞を間違えないようにします(笑)。

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「可動域が広くなったな」というのを観てもらえたら

──これまで<フジロック>で観て衝撃を受けたアクトはありますか?

今パッと思いついたのは井上陽水さんですね。2012年だと思うんですけど、GREEN STAGEで見たんです。バンドセットで、「最後のニュース」という曲をやっていて。井上陽水さんもたぶん普段のライブと少し考え方を変えてやっていたような気がしました。井上さんの思う「ロックってこれでしょ」という感じが出ていたというか。

──陽水さんも弾き語りでも成立する音楽をやっているイメージです。

そうですね、シンガーとして一人の名前でやっているけど、<フジロック>のGREEN STAGEに立ってどういう音を鳴らすかというのは無意識にイメージがあるんだろうと思います。<フジロック>は大きいステージだとゆったりしたリズムがすごく響いてくるんですよね。「最後のニュース」もゆったりとした曲なんですけど、それに向かってみんなが揺られる感覚がすごく印象深かったですね。あとは2018年のボブ・ディラン(Bob Dylan)かな。GREEN STAGEのあんな光景は見たことがなかったですね。誰も動いていないという(笑)。言い方が失礼かもしれませんけど、ちょっと法事のような雰囲気で。あれも印象に残っていますね。

──あの年はこれがボブ・ディランの演奏を生で聴く最後の機会になるかもと思って駆けつけた方も多かった印象です。

でも結局最後じゃなかったんですよね。また来日してくれて。この前も観に行ったんですけどね。全然元気そうだからまた来てくれないかな(笑)。

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──では今年のラインナップで気になっているアクトはありますか?

まだ観れるかわからないんですけどターンスタイル(TURNSTILE)が観たいんですよね。めっちゃ聴いています。キング・クルール(King Krule)も観たいですね。でも、新しい音楽に出会えたらいいなと思います。そういうことは行く度にあるんで、それが楽しいですね。時間があるときはその辺をブラブラしていると思います。

──今年は来たるニューアルバムを軸にした活動になると思うのですが、昨年がこれまでの道のりを見つめ直す期間だとしたら、今年はどんなことを大事にしていきたいですか?

健康です。それがすべてだなと思い始めていて、真面目に(笑)。疲れや不安感を溜めがちで、そうなるとどんどん硬くなってしまうし、ステージにも影響する部分があると思うので。なるべく心地よく私がいればお客さんも心地よくなってくれる感覚があるので、今年は本当に健康を意識していますね。

──例えばジョギングですとか、健康を意識して具体的に始めたことはあるんですか?

まさにジョギングを始めましたね(笑)。とにかく身体を柔軟にしていこうとしています。以前まで気にはなっていたんですけど、ちゃんと踏み込んでやっていなかったんです。身体の可動域が変わると詩作においても可動域が変わったりするんですよね。やっぱり繋がっているというか、同じものなんで。だから「折坂くん、可動域が広くなったな」というのを観てもらえたら嬉しいです。

──最後に、ステージ前のルーティーンなどがあったら教えてください。

一時期は口をゆすぐくらいのお酒を飲んだりしていたんですけど、今はラジオ体操をやってます。メンバーみんなでやっていて、よく他の出演者にクスクス笑われていますね(笑)。最初は私一人でやっていたんですけど、自然とみんな集まってきて。前回のGREEN STAGEのときもやりました。今年もラジオ体操してからステージに上がると思います。

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Photo by 寺内暁
text&interview by 高久大輝