クラブカルチャーとバンドがリンクしていた20年前の大阪。
そこでふたりが出会い、EGO-WRAPPIN’として活動をはじめた。
フェスというカルチャーが日本に紹介され、広まっていったのと似た道程で、ふたりも歩んでいるのかもしれない。

大阪のライブシーンから。

20年前の大阪。そもそもどんなきっかけで、ふたりは一緒にバンドをやるようになったのですか。

中納 ソロでやっているわけでもなく、ただたんに歌が好きな学生でした。とにかく歌いたかったんです。岡山のインディーズレーベルから歌を出さないかみたいな話になっていて。バンドがしたくて、友だちに「ギターを弾ける子、知らん?」って聞いていたんですね。そして紹介してもらったのが森くんでした。
最初に会ったとき、スティービー・ワンダーの曲をアカペラで歌っていたんですね。パワフルというか、はじめて「ソウルフル」に触れたみたいな感じでしたね。それまでの僕の音楽背景は、わりとロックだったので、毛色的に一番近いと思ったのはジャニス・ジョプリン。それよりもフィーリング的に「黒い」というか。よっちゃん(中納良恵)は、そういう音楽が好きやったと思うんですけど。
中納 当時はよく聞いていましたね。フリーソウルとかも流行っていたし。

最初から、ふたりはしっくりきていたのですか。

中納 はい、最初から。曲もすぐできて、「うわぁ〜、これはすごいな」と思って。勢いあったし。
怖いもん知らず。
中納 そして超自由。珍しかったんか、いろんなイベントに呼んでもらったり、ライブハウスの人にかわいがってもらったり。ライブで鍛えられて、もっともっととなって。常に誰かに支えられていたと思います。
時代が回転していたというか、おもしろかったと思いますね。
中納 今みたいに細分化されていなかったし、みんな情報を求めていて、突出している人は突出していたし、スタイリッシュでおもしろかったと思いますね。
クラブでのライブも多かったですね。DJとバンド、みたいなイベントが多くなっていった時代です。当時の大阪のクラブって、わりかし高架下というか、電車が通るところにあったんです。終電のちょっと前くらいに、僕らバンドは出る。電車が動かなくなると上からのガタンガタンがなくなって、ほんまに楽しめる時間になるっていうか。終電を過ぎて遊ぶのってワクワクしていましたよね。

MG_9900 EGO-WRAPPIN’ 20年という時間のなかで伸暢した「エゴ」。【FESTIVAL ECHO ’16×瓦版特集 vol.3】

夜がエネルギーを持っていた時代。失礼な質問だと思いますが、ふたりで20年も続くと思っていましたか。

中納 未来を描かず、そのときのことしか考えていなかったと思います。22歳のときに組んで20年。22歳までの20年は途方もない長さだけど、22歳からの20年ってほんまに一瞬やったというか、時間の経つ早さがあまりにも違いすぎて。

振り返ってみるとどんな時間でしたか。

中納 濃かったですね。音楽、EGOWRAPPIN’やっていて、密度がありすぎて。いろいろ感じたことも多くて。EGOの20年とフジロックの20年。

今年、フジロックも20回目の開催となります。最初に出演したのは何年?

中納 2001年やったと思います。その時代なんてフェスなんてほとんどなかったから、いやもう、うれしかったですね。
夢の舞台だったんちゃいます、やっぱり。
中納 夢の舞台だったなぁ。CDで聞いていた海外のアーティストと同じステージに立てる。それだけでも、自分の気持ちはかなり上がりましたから。
パティ・スミスが横におったり(笑)。
中納 周年が重なるっておもしろいなって思うんです。意図していないところの偶然じゃないですか。縁はないんだけど、縁はあるみたいなことを感じるし。何かをはじめよう。私たちの場合はバンドだし、フジロックの場合フェスだけれど、決意したタイミングが一緒っていう星のめぐり。きっと何かあるんですよ。

MG_9891 EGO-WRAPPIN’ 20年という時間のなかで伸暢した「エゴ」。【FESTIVAL ECHO ’16×瓦版特集 vol.3】
 

時代の空気感を残す。

ベストアルバムがリリースされました。ふたりのルーツを感じさせてくれるカバーをセレクトした1枚を含め3枚組です。

10周年のときに出したベスト盤とはちょっと違うムードにしたかったんですね。だから1枚はカバーにして。
中納 カバーのセレクションって、メチャメチャですよね(笑)。

本当に多様性があって。EGOWRAPPIN’の音楽の背景にある多様性が聞こえてくるようで興味深かったです。

バックボーンにある曲もありますね。カーティス・メイフィールドやイアン・デュリー、デビッド・ボウイなどはそうです。
中納 自分らで聞いておもしろい選曲っていうのもあるんかなと思って。たまの「さよなら人類」とか。

再び録音するのではなく、当時の音源を使っています。

中納 録音し直すというアイデアは最初からなかったですね。やってもええかもしれないけど、それぞれの曲のそれぞれの時代の空気感を残したほうがいいんじゃないかって思って。
完成度とか言われたら、もっといろいろできると思うんです。けれど今の感覚で録音しなおすと、どうしてもムードが出えへんと思う。何を残すか。空気感とか雰囲気みたいなものを封じ込めることを優先したんですね。
中納 恥ずかしいこともいっぱいあるけれど、なんか勢いでやっている瞬間とかも聞こえてきて、かっこええなと思いましたね。で、音楽の成長ってなになんかなって思う。成長って、はたしているもんなのか。人間的な成長とかテクニックが上達するとかはもちろん必要だと思うんですけど。昔の曲を演奏する。そうすると、聞いている人は当時の自分を思い出して、感動したりするわけじゃないですか。時間や状況を一瞬にして忘れさせてくれる力が音楽にはある。それが音楽のマジックやなってすごく思う。
よっちゃんと一緒にいろんな音楽に挑戦してきていて。昭和歌謡とかジャズとか言われることも多いですけど、もっと大きいことをやってきている。音楽ってもっと楽しいぜ、みたいな感じでやってきたんですよ。だからベストを出して、それをわかってもらおうと。音楽って自由なんですよ。大きい感じで聞いてもらえたら嬉しいですね。

 
次の目標は持っていますか。

中納 もっと多くの人に聞いてもらいたいから、作り続けることかな。自分だけのことじゃないっていうか、そういうふうに思えてきました。EGO-WRAPPIN’の曲で結婚できましたとか、生まれてきた子どもに最初に聞かせたのがEGO-WRAPPIN’の曲でしたとか、言ってくださる方がいる。なんかそういうことを聞くと、やってきてよかったなって思う。昔は自分のためにやってたけど、喜んでもらえることをしたくなるじゃないですか。エゴで包まれていたのが、エゴを包んでいくみたいな。
それが20年の変化かもしれないですね。

Text by Sakana Sorano
Photo by Aisuke Ito
FE16_logo EGO-WRAPPIN’ 20年という時間のなかで伸暢した「エゴ」。【FESTIVAL ECHO ’16×瓦版特集 vol.3】

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(※一部店舗を除く)

MG_9921-1140x760 EGO-WRAPPIN’ 20年という時間のなかで伸暢した「エゴ」。【FESTIVAL ECHO ’16×瓦版特集 vol.3】

EGO-WRAPPIN’

ボーカルの中納良恵、ギターの森雅樹によって1996年に大阪で結成。長く関西を中心にクラブ
やライブハウスで活動を続けていた。98年にアルバム『BLUE SPEAKER』でデビュー。
2000年にリリースしたミニアルバム『色彩のブルース』が注目を集め、その名が全国に広まって
いった。2001年にフジロックに初出演。同年冬にスタートした鶯谷の東京キネマ倶楽部でのワ
ンマンライブは、今も続いている。20周年記念としてベスト&カバーアルバム『Route 20 Hit
The Road』を発表。11月27日には、初の武道館ワンマンライブが行われる。
http://www.egowrappin.com