<KIDS LAND>の守り人「ヤス」こと渡部 靖成に訊く、KIDSの森の話

フジロックフェスティバルには、大小合わせると14ものステージが設置されることに目が行きがちですが、それだけではありません。3日間で約12万人にも及ぶ来場者が日の出前から夜更けまで過ごすための衣・食・住エリアがステージ同様に広く用意されています。

その中のひとつに、<KIDS LAND>があります。グリーンステージとホワイトステージの間に位置し、その名の通り、フジロックに来場する子どもたちのために用意された空間です。

そこは2つのエリアに分かれており、ひとつは<KIDS LAND>のシンボリックな巨大な木の滑り台をはじめ、レトロ感漂うシックな赤色のメリーゴーランドが設置されたワークショップや乳児テントのあるエリア、そしてもうひとつが森を切り拓いて造られた<KIDSの森>です。

<KIDSの森>の入り口の階段を上ると、山の形状を利用したダイナミックなプレイパークが目の前に広がります。そこにはロープや丸太でできた大きな遊具が自然と調和して鎮座し、子どもたちがやってくるのを待ち構えています。焚き火場では枝にマシュマロを刺して焼いて食べている子や、紙芝居ならぬ布芝居をじっと見つめる子ども、そして突如始まる『森の音楽会』ではあのケロポンズも出演したりして、子どもたちも一緒に歌ったり踊ったり、それぞれが気ままに楽しむ“森のステージ”もあります。

そこで今回は、<KIDS LAND>を守る人たちを率いる森のリーダー、「ヤス」こと渡部 靖成さんにお話を訊きました。

■<KIDS LAND>に関わる人たち

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フジロックにはいつから、どのように関わっているのですか?

僕は、森が切り拓かれてKIDSの森ができた2009年に初めてフジロックに参加しました。それから9年、ずっとKIDS LANDにいて、子どもたちを見守っています。

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フジロックに関わるようになったきっかけは?

当時働いていた川崎市子ども夢パークに、「フジロックの遊び場作りを手伝って欲しい」という人が訪ねてきたんです。それも2009年のことだったと思いますが、山の中にプレイパーク的なものを作りたいという話だったので面白そうだなと思って参加しました。それでその年のフジロックに行ったのが始まりです。

KIDS LANDでの役割は?

主に、子どもたちの遊びを見守るという現場の仕切りで、会期中にKIDS LANDで働くスタッフの取りまとめや、各チーム間の調整役などもしています。

KIDS LANDには、どれくらいの人、またはチームが関わっていますか?

KIDS LANDには2つのエリアがありまして。まずひとつが、昔からあるメリーゴーランドやマンモスのような滑り台があり、ワークショップを体験できる遊びのエリア。そこには、テント内のそれぞれのワークショップ・チーム、主に乳児テント内を見守るママーズ、子どもたちの買い物体験をサポートする駄菓子屋チームがいます。もうひとつのエリアが、2009年に切り拓かれたKIDSの森で、そこには来場した子どもたちが自由に遊ぶためのプレイパークを見守るプレーリーダーやプレーワーカーがいます。その他にもKIDS LAND全体のデコレーションや遊具を造るツリーハウスビルダーなどが参加する装飾チームが参加しています。

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あの空間は多くの人たちで作り上げているものなんですね。

そうなんですよ。チームにはいろんな人がいて、小学校などでワークショップを広く展開している元美大の教員だった人がいたり、僕の教え子だったり、富士の麓のイベントでお店を出している夫婦やアートな人でフェイスペイントが出来る人、それに親子代々の芸術家もいるんですよ。

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森が切り拓かれたのはいつですか?

もともとそのエリアをKIDS LANDの森にしようと2009年のフジロック開催前のボードウォーク・キャンプの時に森を切り拓いたそうです。僕は参加できなかったんですが、富士山から来た木こり師が伐採した木で、ものすごくデカいはしごと鉄棒ならぬ「木の棒」を作ってくれていて。それは後に「きぼう」と呼ぶことになったんですが、その2つの巨大なものが切り拓かれた森にどーんとあって。森には何もなくて。プレイパークに近い感覚でもあったし。それが初めてフジロックへ行ったときの印象ですね。その後も、毎年スタッフが集まって準備や整備、話し合いを行う事前キャンプを行って整備しています。

2009年のKIDSの森は、今と違ってシンプルだったんですね。

そうですね。フジロックで森を切り拓いた最初の年ということもあって、自分たちも音楽を適度に楽しみながら、プレイパークを来場者に紹介して、ワイルドな環境を設定したという感じで本当にシンプルでした。ただ、もう少し何かあってもいいんじゃないかとその場にいたメンバーで話し合いをして、持って行ったロープを使って「モンキー・ブリッジ」という子どもがロープに登って綱渡りをするような遊べるものを作ったりして。まさに、何もないところから作り上げたという感じでしたね。

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フジロック来場者に対して、プレイパークをどのように紹介しているのですか?

僕らとしては子どもも大人も関係なく、材料さえあれば自分たちでも遊び場を作れるというプレイパーク・スピリッツみたいなことを多くの人に伝えたい。だから、フジロックでもKIDSの森を子どもの遊び場として作り始めたわけです。もちろん会話も大切なコミュニケーションのひとつなので、できる限り来場者の皆さんと会話をしたいというのは初めから大切に思っていることでもあります。たとえば「近くの公園ではこういう遊びはできませんか?」と聞いて、「できないんです」という答えが返ってくれば「プレイパークというものがあるんですよ」という会話ができて、その方がお住まいの近所にあるプレイパークの紹介や自分たちでもできるということも伝えることができる。だから挨拶を大事にしていますね。まずはそこから始めたいなと。KIDSLANDで子どもたちが遊んだり、親御さんと滞在して、それぞれが得た何かを自分の暮らしに持って帰ってくれて、自分たちの遊び場を自分たちで作って行くような機運が生まれたら素敵なことだと思いますし、それが可能であるということをあの場を通じて伝えたいんですよ。

まさに、from FUJI ROCK FESTIVAL to Your Lifestyleのアプローチですね。