電気グルーヴとフジロックの歴史。20周年の舞台に向けての意気込みとは!

昨年の映画『DENKI GROOVE THE MOVIE? -石野卓球とピエール瀧-』という壮大なプロローグがあり、そしてフジロック20周年という記念の年でもあり、そんな今年のフジロックに電気グルーヴが出演しないわけがない。……と心のどこかで信じていたものの、続々と今年の出演者たちが明らかになっていく中で、5月を過ぎてもいっこうに電気グルーヴの名前は出てこない。 正直、まさか……という思いがよぎらなかったと言ったら嘘になる。しかし、信じて待ってて本当に良かった。すでにみなさんもご存じだと思いますが、ついに先日、ようやく電気グルーヴの出演が発表になりました! しかも3日目のグリーンステージに“Spacial Guest”として出演という、電気グルーヴ史上初となるスペシャルなポジションとなります! 『DENKI GROOVE THE MOVIE? -石野卓球とピエール瀧-』を観て、いてもたってもいられなくなった皆さん(観てない人は絶対に観るべし!)、ついに時が来ましたよ!

というわけで、長々と説明はいりませんね。今回の『TALKING ABOUT FUJI ROCK』は、電気グルーヴのおふたりです。聞き手はお馴染み、電気グルーヴとも親交の深いフジロック・オフィシャルショップ「GAN-BAN/岩盤」の代表で、「富士祭電子瓦版」の代表、GAN-BAN SQUAREの主、豊間根聡氏。1997年のフジロック初出演から数々の伝説的なライヴを残してきた電気グル―ヴとフジロックの歴史、そして“SPECIAL GUEST”というこれまでにない舞台に向けての意気込みとは!?  いざインタビュー、スタート!

INTERVIEW:電気グルーヴ(石野卓球、ピエール瀧)/聞き手:豊間根聡

石野卓球(以下、石野)

これ去年やったやつと一緒?

豊間根聡(以下、豊間根)

そうです。

石野

2回目か(笑)。

豊間根

昨年この「富士祭電子瓦版」がスタートする時の記念すべき『TALKING ABOUT FUJI ROCK』第1回目ゲストが卓球さんでした。

<フジロック>、20周年なんだね。(電気グルーヴの過去の出演回数をメモした資料を見ながら)結構出ているなー(笑)。

石野

あ、この時期(2009〜2011年)はけっこう空いているね。

豊間根

とはいえ、電気グルーヴとしての出演も多いですし、卓球さんは2005年以降ほぼ毎年DJとして出演しています。

石野

<MAYDAY>(毎年4月30日にドルトムントで開催されているドイツ最大級の屋内レイヴ・イヴェント)には10年連続で出演しているんだけど、フジロックはそれを超えたな。あ、でも<WIRE>があるか(笑)。

豊間根

たしかに(笑)。昨年は瀧さんも遊びに来ていましたよね?

うん。昨年もそうだけど、普通に遊びに行っている年もあるんだよね。パブリック・エネミーが出た年(2009年/ホワイト・ステージ)は、3日間完全に遊び。

石野

(瀧さんの着ているTシャツを見て)逆にその色いいな。

え、黄色? 急に(笑)?

石野

狙ったんじゃないでしょ?

いや、そもそもこの柄は黄色しかなかったの。

石野

届いたときに「え!?」ってならなかったの? 逆にありなの?

ちゃんと黄色は承知で。もういいやと思って。気持ち悪さちょうどいいというか。てか、いまその話じゃないでしょ(笑)?

石野

スピッツエナジーね。

高校時代にカヴァーしていた。

石野

UKパンクのバンド。知ってる?

豊間根

知らないです。

石野

豊間根さんはザ・スミスしか聴かないからな(笑)。

豊間根

そんなことない(笑)!

石野

去年の話で言うと、バックステージでべズ(ハッピー・マンデーズ)と一緒に写真を撮ってこいつにメールを送ったら、「羨ましい!」って返ってきて。来ればいいのに、こいつなんか変に尻込みしちゃってさ。

ちょっとなんかね。

豊間根

たしかおふたりはハッピー・マンデーズがやっている時に現地に到着したんですよね。

石野

そうそう。杉浦(スギウラム)と一緒に楽屋に行こうってなったんだけど、瀧は「オレも行っていいの?」ってビビっちゃって。しかもお前は過去にべズに会ったこともあるわけじゃん。

たしかにね。なんか行きにくくて。

石野

その時こいつはピエール瀧じゃなくて、瀧正則だったな(笑)。

完全に素の自分だったから。

石野

「完全に素」っていうのは自分への言い訳だろ。

どうかな?

豊間根

だははは。

石野

本当に会いたかったら、来るでしょ。

そりゃそうだけどさ。

石野

何が何でも来るでしょ。なんで弱気になるんだか。その辺はパブリック・イメージと全然違うんだよな。
パブリック・イメージではそういう時にグイグイ行く感じなの(笑)?
石野 そうでしょ。しかもべズだよ。そこで行かなくてどうすんだよ。

まあね。
石野 何回も「まだいるから来いよ」って言ったじゃん。

そうだっけ。

石野 何度もメールしたんだよ。
豊間根

瀧さんとべズのツーショットは最近はないですよね。見たかったなあ。ちなみに卓球さんは去年のインタビューで、<フジロック>での思い出はどれがどの年の出来事がぐちゃぐちゃになっていると話していましたけど、やっぱりそうですか?

石野

うん。これだけ行ってるとね。

豊間根

個人的な思い出についてはそうかもしれませんが、電気グルーヴでのライヴについてはいかがですか?

石野

この前、ホワイト・ステージで“誰だ!”をやっている映像をYoutubeで観たんだけど、それがすげえ面白かった。

「ドンドコドン、ドンドコドン」ってずっとやったやつでしょ?

石野

そうそう。TASAKAとKAGAMI(ディスコ・ツインズ)もいてさ。

豊間根

ホワイト・ステージのヘッドライナーの時ですね。2000年です。

石野

モービーが出演していた年ね。あの当時、ホワイト・ステージの価値があまりわかっていなかった(笑)。だからあの時のライヴってほとんど即興なんだよ。

そうだったね。

豊間根

本当ですか!?

石野

リハも通しでやっていなくて、ディスコ・ツインズのふたりも俺もシーケンサーを持って行ったから、ここでこうなったらこうやってくらいの打ち合わせぐらいでさ。だから“誰だ!”を9分くらいやっている。

豊間根

あの時のライヴは強烈でしたよ。いまでも鮮烈に覚えています。

石野

でも実はあの時はライヴが終わった後、「やっちゃったな」って思ったの。

豊間根

そうなんですか、すごかったですよ。モービー、ステレオラブ、レフトフィールドと続いての電気グルーヴのヘッドライナー。その前の年のホワイト・ステージのトリはアンダーワールドでしたから。あの頃のホワイト・ステージのカラーを象徴していたと思いますよ。

石野

そうそう、レフトフィールドね。あの時のことは忘れもしない、うちらがマンチェスターでレコーディングした時のエンジニアが、ちょうどその時のレフトフィールドのツアー・スタッフとして<フジロック>に来ていて、偶然再会を果たすっていう奇跡のような出来事があったんだよね。

あれはビックリしたな。

石野

「お前らでかくなったなー」なんて言われて。だって俺たちがマンチェスターに行った時なんて、まだデビュー盤の頃だからさ。

サイモンっていうやつなんだけど、バックステージの機材のところにサイモンにすごい似ているヤツが座っていて(笑)。でももう10年くらい前に会ったきりだし、まさか<フジロック>にいるとは思わないからね。

石野

スタジオの人だしね。まさかこんな場所にって感じ。でも本当にサイモンだったんだよね(笑)。