フジロック生みの親、日高正博氏インタビュー 『後編:フジロック ついに約束の地、苗場へ』

豊間根

前から聞いてみたかったことなんですが、99年の開催前に、日高さんが僕に、プリンスホテルからスキー場側の斜面を見て「これって結局山を切り崩しているんだよな。アイロニーだよな。そこで俺たちはフェスティバルをやるんだから」って言ったんです。

日高

アイロニー、皮肉だよね。でも俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて。一番言いたいのは、自分を客観視するってことなんだよ。自分がやっていることを、一旦自分から離れて、「俺がやっていることは何なんだろう?」って考えることが人間ってなかなか出来ないんだよ。自分の考えを客観視出来なかったら、俺は自分自身がダメだと思っているから。

<フジロック>はさ、自然との共生をテーマにしているけど、要は環境破壊にもつながりかねないっていうことなんだよ。だから、何をやらなきゃいけないか、だよ。金が儲かるから環境破壊をやってもいいのか、ってことに対して、出来る手は打つってことなんだよ、本当に。たとえば300キロ以上離れた所に天然保護の大鷲がいるんだよね。それで、どの辺まで飛んで来るのかを調べた。卵はどうなるのか? とかね。それで、ここ(フジロック会場)までは来ないって分かった。あとは熊、鹿、猿とか、動物たちをいじめたくないからな。「3日間だけ我慢してね」って、対応はするからってことだよね。

こっちは結局、営利目的でやっているんだから。どれだけ綺麗事を並べたって、チケットを売っているのは事実だよ。営利です、金儲けです。だけど、やっぱりやらなきゃいけないことはあるんだよ。97年から学んだことがある。ゴミの問題だとか。だから98年の豊洲では、お客さんが帰った後、ステージサイドから駅まで、道でごみ拾いをやった。会場内のごみはカバー出来るけど、外もやらなきゃいけない。終わってからみんな一列に並んで、ごみ拾いをやったよ。

豊間根 <フジロック>は現在まで、毎年苗場で開催されるようになって、<フジロック>が自然の中での音楽の楽しみ方や、アウトドアでのライフスタイルを引っ張って来たんだと思います。日本の音楽シーンも<フジロック>が引っ張ってきたと僕は思っています。実際今、日高さんの理想のフェスティバルに近づいて行っているなって思いますか?
日高

まあ、近づいて行っているよ、毎年。終わりはないよね。終わりって言うのは……フェスティバル自体をやろうと思えた、その夢に終わりはないよね。

豊間根

インタビューの前編で特に語られていた、日本の音楽シーンに対するストレスみたいものが日高さんの(<フジロック>へ向かう)原動力になっていると思います。どうですか?今の音楽シーンを見て。

日高

健全だと思うよ。俺は別に(日本の)洋楽シーンに対してはとやかく言う気はないんだよ。だって、結局はアメリカやイギリスの状況に左右されるからさ。ただ日本のシーンは、もうちょっとね、変わってないな、と思うんだよね。ものまねというか。やっぱりみんな同じようなものばっかりで。いや、全てのアーティストとは言わないよ。

ちょっと話が逸れるかもしれないけど、象徴的って言えるかな……すごく悲しいシーンがあったんだよ。ロンドン・オリンピックの閉会式のパフォーマンス。あれはすごかった。あれは俺らには出来ない。イギリス人だから出来るんだよ。自分の国に対するアイロニーも籠っているしさ。すごいよ、モンティーパイソンだから。他の国の選手も「ウワーッ!」と目を輝かせて見ていて。でも日本の選手たちは、見もしないし聞きもしてないように見えたんだよ。ヘッドフォンして、手元の携帯をいじっているんだ。あれを見た時に、音楽シーンに限らず、日本のシーンを象徴しているなって思ったんだよね。多分今まで、目の前で世界一流のミュージシャンがやっている音楽を聴いたことなんてなかったのかもな。その後、新聞にもね、同じ様なことを書いた記者がいたんだよ。「情けない」って。彼にも選手に対する同情心はあるんだよ。今までトレーニングばかりで、他の国の文化を知るチャンス(時間)がなかったっていう同情の余地はある。だから音楽だって、いつも身近なものしか聞かなかった、っていうのも分かる。でも、それにしてもやはり「恥ずかしい」って書いてあった。「世界の一流のものが目の前にあるのに、それに対して目を向けようとさえしないっていうのは、これはちょっと考えなきゃいけないんじゃないか?」って、そこまで書いてあったよ。日本の音楽シーンや文化のあり方を考え直さなきゃいけないんじゃないかな、って思ったよね。キツい表現では書いてはなかったけど、俺もそうだと思ったよ。で、あとで聞いたんだけど、みんな(選手たち)AKBキッズだったんだって(笑)。

豊間根

<フジロック>は99年にステージが一挙に増えて、それ以来、もはやロックとは言えない様々なジャンルの音楽や、様々な国の音楽を紹介してきました。世界中の多種多様な音楽を紹介するっていうことの重要性は?

日高 まずひとつ! 今、“ロック以外”って言っただろ? それは俺の定義じゃないんだよ。そうやって“ロック”っていう言葉を使う時は、若いバンドの連中がエレキギターでやってればロック! って言うことだろ? 冗談じゃない!そんなのロックの定義じゃねぇよ!ロックは気持ちなんだよ! ハートなんだよ!アフリカのリズムであろうが、「うわーっ!」って気持ちでやっていれば、それがロックなんだよ。

俺が一番嫌いな言葉が“演歌”なんだ。要するに、“演歌”っていう言葉でひとくくりにして、同じような詩で、似たような服、似たような曲、同じような挨拶、マイクの持ち方はこうだとか、そういう定型化されたものが嫌いなんだよ。ギター1本だけでも何かを感じられれば、もうそれで十分ロックンロールなんだよ。

そして、日本の音楽シーンに関して、俺は将来が暗いとは思わない。だけど、早く夜が明けて欲しいな、とは思っている。特定の人に言っているわけじゃなくてね。もう十分そういうことをやっているミュージシャンはいっぱいいるし、そういう人には<フジロック>に出てほしいと思うよね。そういう意味ではさ、『苗場音楽突撃隊』は、ドラムの池畑(潤二)、ギターの松田(文)、ベースの井上(富雄)と話して、苗場食堂から始めた。なんでもありだったんだよ、最初から。だから鳥羽一郎さん、うけたじゃん(笑)。若い子達にあんなにうけるとは思わなかったよ。それから7、8年前からグリーン・ステージの金曜日の一番手で『ROUTE 17 (Rock’n’Roll ORCHESTRA)』を始めたんだよ。池畑と酒を飲みながら話してね。名前も決まっていた。選曲もアレンジも、出る時のSEも俺が考えているんだよ。コーラスの女性の服はこう、ゲストは誰と誰でって。今年も面白いことを考えているよ。

99_Mitch-Ikeda_2 フジロック生みの親、日高正博氏インタビュー 『後編:フジロック ついに約束の地、苗場へ』

photo by Mitch Ikeda

豊間根

もうひとつ聞きたいことがあります。去年“オレンジコート”がなくなりました。僕の個人的な感想としても、予想以上にマイナスの反響が大きかった。

日高

俺が受けたのは、マイナスな事ばっかりだったよ。お客さんからはネガティブなことしか言われなかった。すごかったのは「ドルは上がるし、金がないんだろう?」って言われた(笑)。「だから去年は日本のアーティストが多かったんだ」ってね。ラジオでも「オレンジコートが一番楽しみだった。見たこともない、聞いたこともないアーティストに出会える。自分の唯一の場所だった」って言っているのを聞いたよ。もう嫌味たらたらだったよね(笑)。

豊間根

やっぱり“オレンジコート”がそれほど愛されていたから、バックラッシュも大きかったってことだと思います。

日高

だったらもっと来てほしかったよなー。いつもあるんだよな、あんまり来ないくせに無くなるってなったら「うわーっ」て言うの。だって“オレンジコート”がいっぱいになったことなんてないんだから(笑)。でもまあ、やっぱり“オレンジコート”で鳴っていたような音楽を好きな人たちが、いつも千人ぐらいは居て欲しいなって思いは強くある。でも(オレンジコートがなくなったのは)お客さんが入らないから、っていうことが理由ではないから。ヘブンとの音のぶつかりあいがずっと問題になっていて、何回もトラブルになっていたから。そしてもうひとつの理由は、あそこの環境。雨が降ったら地面がドロドロになって、仕事用の車等が入って行かない。晴れたら晴れたで、砂埃がすごい。ずっと努力して続けてきたんだけど、やっぱり変わらない問題が何年も何年も続いて、去年ついに決断したんだ。

豊間根

ただオレンジコートに出ていたようなバンドや音楽は、今年も他のステージで楽しめますよね?

日高

そうだね、去年だってヘブンにそういうバンドも出ていたしね。もうちょっとグリーンにも振ろうかなって思っている。

豊間根

去年の上原ひろみさんは最高でした。

日高

うん、グリーン・ステージでもありだよな。あとはヘブンやカフェ・ド・パリとかで楽しめるよ。だから去年、オレンジがなくなったことについては「嫌味を含んだ大変丁寧な意見をたくさんもらったよ」って書いといて(笑)。

豊間根

(笑)。今年のラインナップについてですが、レッド・ホット・チリ・ペッパーズにベック。

日高

そう。今年は97年に出たバンドを呼びたいって、それが最初のテーマ。それがなかなかね。もう活動してるバンドも少なくなっているし。チリ・ペッパーズへは、直筆の手紙を出したんだよ。「97年から20回目だよ。来てくれない?」って。そしたら即「イエス」って、行くよって返事をくれた。ちょうどレコーディングをやっている最中だったんだけど。ベックもそうだったよ。

豊間根

97年のベックは中止になった2日目だったので幻の出演ですね(笑)。スクエアプッシャーもそうですね。あとリー・スクラッチ・ペリーも決まりました。

日高

俺は20年目だから特別な年だ、とは考えてないんだよね。それだったら10年目に区切りをつけた方がよかった。でも、どうしてもって言う人が多いからな。まあひとつの大きな区切りではあるよな、20年は。20年は長いよ。お客さんにとっても、97年に20歳で来てる人は、今40歳だろう。そのうちの半分ぐらいは来られないと思うんだよ。来たくても来られない人が多いと思いうんだよ、色んな理由で。

豊間根

でも来てほしいですね。一回離れた人も。

日高

だから良い意味でサイクル化というか。夢としては三世代に来てほしいからね。60、70歳のお父さんが自分の好きだった70年代の音楽を聴きに来て、それでお父さんがその後の世代80年代、90年代の音楽を聴きに来て、孫が90年代終わりから、2000年代の音楽を聞きに来るという。それが俺の夢だよ。そんな三世代家族が来てくれたら、なんかあげようかな(笑)。
豊間根 今年から中学生以下は無料ですからね。

日高

そう、やっぱり来てほしいよね、みんなでね。

さー、もういいだろ? いっぱい話しただろ? そろそろ終わりにしよう! 飯にでも行くか?