「フジロックの空気が少しずつ変わってきた」という実感は、ここ数年でより明確になりつつある。多様性、インバウンド、世代交代、そしてフェスの価値──これからの未来に向けて、<フジロック>はどう変わっていくのか。そして、変わらずに大切にしていくべきものとは何か。
タワーレコードの広告・ブランディングを担当する坂本幸隆さんに前回の記事で、タワーレコードとして<フジロック>に関わり続けてきた29年の歩みを振り返っていただいた。今回はその続編として、<フジロック>のレッドマーキー「夜中の部」を総括するSMASHの高崎亮さん、岩盤 / GAN-BANでインバウンド対応やSMASHと一緒にグッズ製作を担う四方亜矢さんとともに、それぞれの立場からフェスの現在地と未来を語ってもらった。立場も視点も異なる三者による鼎談から見えてきたのは、<フジロック>が「フジロックらしさ」を保ちながら未来へ進むための、変化と継承のバランスだった。
Interview:坂本幸隆×高崎亮×四方亜矢
ゴミ袋に宿る、タワレコとフジロックの歴史
──<フジロック>とタワーレコードの関係について、みなさんはどのようなイメージがありますか?
高崎:個人的な話になりますが、僕が初めて<フジロック>に行ったのは1997年で、そのとき会場でタワーレコードの袋が配られていたんです。あの年は大雨で、防寒具を持ってきていない人が多かったから、みんなその袋をレインコート代わりに頭や体に巻いていて。まさに「全身タワーレコード」みたいな状態でした(笑)。そのインパクトはとても大きかったですね。その後、SMASHに入社してから改めて関係性を知るわけですが、振り返ると、良いことも大変なことも一緒に乗り越えてきた「戦友」のような存在だと感じています。

四方:お客さんが首に黄色いタオルを巻いて、その年のゴミ袋を手にしている姿を見ると、「フジロックらしい」光景だなと感じますね。私は現場で別の業務を担当しているので、なかなかじっくり見る機会が少ないのですが、「今年のゴミ袋はどんなデザインなんだろう?」と毎年気になっています。

坂本:実は今日、そのときのゴミ袋を持ってきたんですよ(と言って、歴代のゴミ袋を広げる)。最初は普通のポリ袋だったのですが、5年目くらいからペットボトルのリサイクル素材に切り替えました。これはタワーレコード発信ではなく、NGOの方から「もっとリサイクル率を高めたい」という提案があり、「じゃあ素材も変えていこう」という話に発展していったもの。なので、タワレコとしては最初から「環境活動をやろう」みたいな意識があったわけではなく、そのときの状況や要望の変化に伴って、関わり方も含め変化していった感じですね。袋に書いてある「自分のことは自分でやろう」というメッセージも、そうした姿勢から自然に生まれたものです。

──環境に対する取り組みや向き合い方も、開催を重ねるごとに変化してきたのですね。
坂本:そうですね。少し前に高崎さんと一緒に渋谷店でフジロックに関するイベントをやったことがあって、そのときに作った年表も今日は持ってきました。それを見ると、「環境」というキーワードを本格的に意識しだしたのは2005年頃なんです。当時は地球温暖化への関心が社会的にも高まり、ドキュメンタリー映画『不都合な真実』が話題になった頃でもありました。企業も社会や環境に対し、どう向き合うかが問われるようになり、フジロック内でより本格的に環境問題に取り組むようになっていたという経緯もあったんですよね。
高崎:フジロックと環境問題はもう、完全に定着していますよね。お客さんも、当たり前のようにゴミを拾ってくれているし。「フジロック=クリーンなフェス」というイメージは、坂本さんたちが長年積み重ねてきた努力の成果だと感じます。
変化を恐れず、時代の先を行くフジロックの姿
──フジロックの長い歴史の中でも、特にコロナ以降は大きな転換期だったと思います。
高崎:正直あまり思い出したくないくらい、コロナ禍は大変でした。僕は広告も担当していたので、SNSの書き込みもすべて目を通していましたが、本当に厳しかったですね。当時は、「開催していいのか」という空気が社会全体にあったし、みんなが家に閉じこもってストレスを抱えている状態。そのはけ口が東京オリンピックや、フジロックなどのフェス、イベントに向いている印象でした。
ただ、今でも鮮明に覚えているのは2021年のフジロック最終日。レッドマーキーの運営を終えて外に出たとき、オアシスエリアにゴミが一つも落ちていなかったんです。来場者をはじめ、多くの人たちが「やっぱり音楽っていいな」と感じてくれたし、「救われた」という声も多く聞きました。やるべきか否か、当時は本当に迷いながら進んでいたのですが、今は心から「開催してよかった」と思っています。金銭面では、結果「大赤字」だったんですけど(笑)。
四方:私は2015年からインバウンドを担当するようになり、2018年、19年ごろには本当に多くの人が来てくれるようになったと実感できるようになりました。「ここから本格的に広がっていきそうだ」と思った矢先、コロナ禍で一変してしまって……。今まで積み重ねてきたことが、一瞬で崩れるような感覚でした。状況が少し落ち着いてからは、徐々に「やるしかない」という空気に変わってきて。協力してくれていた海外のプレイガイドにも改めて連絡を取ったところ、どこも「またやりましょう」と応じてくれて本当にありがたかったです。
坂本:フジロックって、10年に1度くらい大きな転換点があると思っていて。最初の10年は、ステージが増えたり運営体制が整っていったり、いわゆる「育っていく期間」でしたよね。その後は東日本大震災。開催自体が危ぶまれ、電力や原発の問題と向き合う必要がありました。そして2020年にコロナ禍が訪れた。その時々で、他の音楽イベント関係者は常にフジロックの動向を注視していると思います。「この状況でフジロックはどうするのか?」が、業界のひとつの指標になっていると言っても過言ではありません。
高崎:フェスの中での取り組みに関しても、フジロックは「先端を行っている」と感じることが多いです。それこそ環境問題に関しても、最初から意図していたわけではなく「こうしたほうがいいよね」と実践していった結果、それが「エコ活動」だと位置づけられたというか。「山ガール」なんて言葉が流行るずっと前から、苗場ではみんなそういう格好をしていましたしね(笑)。それがタウンユースとしても浸透していくという。
入場時の電子チェックインやキャッシュレス決済などの導入も、日本で最も早かったフェスのひとつだと思います。「泥臭さ」のイメージとは裏腹に、テクノロジーや新しい仕組みの導入においては非常に先進的。流行を追いかけているわけではないのに、結果的に時代の先を行っていた。そこに面白さを感じます。
──フジロックの「変化と多様性」という観点から、お客さんの様子や意識にも変化も感じていますか?
四方:もともとフジロックって、特定のターゲットに絞っていない分、客層の幅は広かったんですよね。それが、コロナ明けに「15歳以下無料」や「U22/U17チケット」などの新制度を導入したことで、家族連れが目に見えて増えました。いまは2世代、3世代で来ている方も多いと思います。
また、インバウンドもかなり戻ってきています。むしろ、赤ちゃんを連れて海外から来ている人のほうが、日本人より多いんじゃないかと思うくらい(笑)。以前はひとりで来ていた人も、「今度は子どもを連れて行こうかな」と思えるような流れが、制度をきっかけに生まれている気がします。
坂本:フジロックのお客さんって、「観に来る人」というより、「一緒に場をつくる人」という意識を持っている参加者が多いと思うんです。不便だったり、ゴミを自分で持ち帰る必要があったり。予定していたアーティストを観に行くつもりだったのに、通りかかったステージが思いのほか良くて、つい長居してしまった、なんてこともよくあるじゃないですか。そういうとき、「どっちに行くか」を自分で判断して、その結果に納得する。それがフェスならではの醍醐味でもあります。
そうやって自分の意思で動き、その選択に自ら責任を持つことって日常ではなかなかできない。でも、フェスではそれが自然にできるんです。そういう「独立した個人」としての在り方が前提にあるからこそ、他者に対しても同じようにリスペクトを持てるんだと思います。大袈裟な話に聞こえるかもしれないけど(笑)。今は「分断の時代」とも言われますが、人の話をちゃんと聞くこと、異なる価値観を持つ相手を尊重すること、そういう態度がフェスの空気のなかでは当たり前にある。その感覚を持ち帰れること自体に大きな意義を感じていますね。
これからを支える、それぞれの視点
──今後、フジロックではどんな取り組みをしていきたいと考えていますか?
坂本:僕は今年で現場を離れるのですが、タワレコとNGOとの協働は、今後もぜひ続けていってほしいですね。それに加えて、音楽だけでなく「ステージ以外の楽しみ方」を、もっと提案していけたらと思っています。もちろん、予算の問題もあるので勝手なことはあまり言えないけど(笑)。
高崎:ブッキング担当として、僕自身は「柔軟さ」を大事にしていきたいです。自分の中にある「こだわり」はもちろんあってもいいけど、時にはそれを壊して冒険してみることにより思いがけない発見がある。アーティストを選ぶときも、そういう広い視点を大切にしていきたいですね。
四方:多言語対応などはだいぶ進んできたとはいえ、やはり日本在住のお客さんと比べると不便な点もまだあって、そこを「イコール」に近づけていくのが今の目標です。グッズ販売も、できるだけストレスのない仕組みにしていきたいです。せっかく会場に来てくれた人たちには、購入のために時間を取られるよりも、そのぶんを音楽や自然の中での体験に使ってほしいので。
──これからフジロックに関わる方や、まだ行ったことのない人に向けて、一言ずつメッセージをいただけますか?
坂本:もちろん、フジロックの3日間を思いっきり楽しむことは大事です。でも365日のうちの3日だけが楽しくて、残りの362日がつまらなかったら、なんだかもったいないですよね。さっきも話したように、フジロックから持ち帰った経験が、暮らしにポジティブな変化をもたらすきっかけになってくれたらと思っています。
高崎:僕自身、フジロックに出会って人生が変わった人間です。なので、1日だけでもいいからぜひ一度、足を運んでみてほしい。「騙されたと思って」とまでは言いませんが(笑)、ちょっとだけ人生が変わるかもしれない。そんな出会いが、きっとあるフェスです。
四方:むしろお客さんのほうが楽しみ方をよく知っていると思いますが、「一度は行ってみたい」と思っている人が、ひとりでも多く実際に足を運んでくれたら嬉しいですね。そして来た人が「本当に来てよかったな」「また行きたいな」って、帰り道に思ってもらいたい。多少のトラブルも全部、あとから笑える思い出になるような、そんなフェスでありたいと思っています。
Photo by Chika Takami
text&interview by Takanori Kuroda