チバユウスケ、自身のフジロック出演歴から現在のフジロックの楽しみ方までを語る

<フジロック>黎明期より、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、ROSSO、The Birthday、THE GOLDEN WET FINGERSといった自身のバンドを始め、飛び入りやDJ等で計14回もの出演回数を誇るチバユウスケ。出演時の彼から、幾度かステージの去り際に放たれた、「来年もまた会おう!」のひと言は、まさに集まったフジロッカーズたちの心の約束のようにも響く。

そして今年、あの言葉が2年ぶりに実現。The Birthdayの7月22日金曜日の出演が発表された。

フィールドの群衆殺到と灼熱による続行危険との判断を受けてのライブ中断と自制の促しを経て、大型フェスでのスタンディングに於ける自己ルールを芽生えさせるキッカケにもなった感のあるTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTでの1998年の豊洲を皮切りに、前日のBLANKY JET CITYと共に並み居る海外勢を差し置き、日本人として初のグリーン・ステージでのヘッドライナーを飾った2000年。故忌野清志郎に代わり、前日のホワイト・ステージに続き、急遽グリーン・ステージの2ステージを遜色なく務め上げた2008年のThe Birthday等々、これまでに数多くの<フジロック>伝説を残してきたチバ。

しかし反面、そのステージの前後には、アルコールを片手に<フジロック>の様々なフィールドにて、まさにフェスを満喫している姿も多く目撃されている。ステージから、フィールドから、まさに<フジロック>を体感してきたチバ。そんな彼に、自身の立ってきた、観てきた<フジロック>での過ごしてきた時間や、その景色、そして彼にとっての“<フジロック>とは?”を、懐かしい話やここ数年の<フジロック>の変化、現在のフェスの楽しみ方への疑義も含め、色々と話を訊いた。

INTERVIEW:チバユウスケ(The Birthday)

今年もThe Birthdayとして、7月22日金曜日の出演が発表されましたね。

チバ

そうだね。2年ぶりに出るよ。去年は呼ばれなかったんで、ちょっと寂しかったけど。“おいおい、今年は声がかからねぇのかよ……”って(笑)。

チバさんはよく、<フジロック>でのステージからの去り際に、「来年もまた会おう!」と、オーディエンスに告げてますもんね。

チバ

俺は毎年でも出るつもりでいるから。でも、まっ、色々な事情が、さ(笑)。やっぱり自分が出演しないのに行くのもなんだし……。

では、純粋にお客さんとしてだけで<フジロック>への参加は?

チバ

無いねぇ。出ない時でも、よく誘われはするんだけど、行っちゃうと何かしらやりたくなっちゃうから。

何度か飛び入りしているお姿も拝見しました。チバさん的には、<フジロック>の雰囲気は、いかがですか?

チバ

素晴らしいフェスだと思うよ。独特の雰囲気があって。あまり他のフェスにはない雰囲気とでも言うか。広いし。特に苗場に移ってからは、行くたびに楽しませてもらってる。

よく各エリアで酔っぱらって楽しんでいるチバさんをお見受けします(笑)。

チバ

基本、自分たちの出番が終わったら飲んじゃうから。観たいアーティストを観に行って、そこで楽しむタイプ。逆にあんまりバックステージやホテルにはいないかも。

さかのぼったら、自身のグループや関わりのあるバンド、それからDJや客演も含め、これまでに14回も<フジロック>に出演されてました。

チバ

そんなに?!

そんな中、最初のインパクトは、何と言っても、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(以下:TMGE)として出演した1998年の豊洲での第2回目でした。初めて<フジロック>から声がかかった時のことは覚えていますか?

チバ

前年の噂は訊いていたからね。あと、外タレが中心の中の俺たち、みたいな。あの頃は若かったし、いきがっていたからね。嬉しいというよりも、”よっしゃ、やってやんゼ!!” 的な気概の方が強かったかも。

実際、あの日のステージのことは……。

チバ

覚えているよ。中断したりとかさ。だけど、俺的には、あれもそんなに言われているほど、危険って感じはしなかったな。それよりも当時は、もっと寿司詰めのライブハウスで演っていた方が危険な状態は山ほどあったから。

あの日は、炎天下の中、モッシュや前列に押し寄せたり、寿司詰め状況の中、チバさんの「お前ら死ぬなよ!!」のMCが印象的でした。それから、あの時の地盤の揺れは伝説的です。埋立地だったこともあり、文字通り地面が揺れていました。で、一番揺れていたのがTMGEの時だったという。

チバ

面白かったよ。あそこはあそこで好きだったね。だだっ広くて、その向こうは海だったし。ステージからの眺めも良かったよ。

2000年にはTMGEで、BLANKY JET CITY(以下:BJC)と並んで、初めての日本人ヘッドライナーとしてグリーン・ステージのトリを務めました。あれ以降、日本人でグリーン・ステージのトリを務めたアーティストはいないんですよ。

チバ

あれねぇ(笑)。最初は「グリーンのトリは俺たち」ってだけ訊いていたんだよ。そうしたら前の日のヘッドライナーでBJCの出演も決まって。先に金曜日にやっちゃうのって、ちょっと悔しかったよね。だけど彼ら、あの日が正真正銘の最後のステージだったんだけど、すげえカッコよかったからね。“まっ、いいか”って。

海外アーティストを差し置き、日本人がトリを務めた際の気分はいかがでした?

チバ

特に何にも意識してなかったね。いつも通り、やっただけ。

味気ない感想ですね(笑)。では、ステージに立つ前の気概等は?

チバ

これも特に無かった。

でも、豊洲の時には登場時、「俺たちが日本のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTだ!!」なんて、海外のバンドの中での日本のバンドのアイデンティティ的な発言もあったじゃないですか。

チバ

若かったからさ、いきがっていたんだよ、きっと。俺は今も昔もステージでやることは変わらないからね。時間が何時だろうが、どこのステージだろうが、誰とやろうが関係ないし、意識して演ってない。そんなことどうでもいい。いつもの俺たちのライブを演るだけ。そうそう、2000年のグリーンは、ライブ中にギターをブン投げちゃって、壊れちゃったんだよ。それで修理に出したのは覚えている(笑)。気づいたら投げていた。