先日公開した保育界のスペシャリスト・柴田愛子氏へのインタビューに続く、「子どもをフジロックへ連れて行くのは○か×か」シリーズ第2弾は、音が耳に与える影響について正しい知識を得るために、にしじま耳鼻咽喉科院長 西嶋 隆氏に取材をしてきました。
まことしやかに囁かれる「子どもの耳の成長に爆音は悪いらしいよ」という説が果たして本当なのか、音楽フェスやライブに子連れで行く場合に気を付けることがあるのかなど、こどもの耳を保護する重要性について医学的にお話をしてくださる耳鼻科専門医師を探したところ、西嶋氏に辿り着きました。また、今回の取材テーマについての事実を知りたいとのことで、今回は主催者であるSMASHの石飛氏も同行されました。
毎年フジロック期間中は休診し、木曜午前の診療を終えたらその足で苗場に向かう生粋のフジロッカーでもある西嶋院長。後半は奥様も交えて、フジロックに対する想いやエピソードを語っていただきました。
■子どもの耳への影響について
フジロックにおける音が子どもの耳に与える影響についてお聞かせください。
にしじま耳鼻咽喉科院長 西嶋隆氏(以下、西嶋院長):ライブなどで大きな音を耳にしたことがきっかけで、聴こえにくさを自覚するようになることを「騒音性難聴」と言います。その中でも、110dB以上の大きな音にある程度の時間さらされた時に起きやすいのが「音響外傷」。資料によると、『ロックコンサートなど、85dB以上の騒音に1日8時間以上さらされると、およそ5〜15年後に騒音性難聴を発症する』とありますね。ただ、音響外傷のなりやすさには個人差があって、同じように大きな音を聴いても平気な人もいれば、耳がボワンとするとか、聴こえが悪くなる人もいます。さらに寝不足だったり、疲れていたりなど、その時の体調の影響も少なからずあります。ただし、これらのことは基本的にホールやライブハウスといった狭く閉鎖された空間にいて、スピーカーの近くで音を聴いているような状況を前提としての話ですけどね。
なので、フジロックだけに限定して言えば、野外という環境を考えると、前の方で音を聴いていたらすべてが悪いかというと、そうではないと思うんです。まず、フジロックの会場で8時間以上連続して大きな音を聴き続けることがあるかと言ったら、基本的にはありませんよね。そもそもいろいろなジャンルのアーティストがいますからね。たとえばMotörheadやAphex Twinのように轟音が鳴り続ける状態だと、耳に影響が出やすいかもしれない。でも、Jack Johnsonの音で聴こえが悪くなるかと言ったら、そうではないわけで。ですから一律に音が悪いという風には捉えてほしくないですし、「大きな音=子どもにとって良くない」とまでは言い切れないかと。110dBの音って耳に痛いくらいの音なんですよ。だから普通に考えて、そのレベルの音がフジロックの会場でどれだけあるかといえば、ごく限られた部分だけだと思うんです。よっぽどスピーカーの真ん前で聴いていただとか。
他のフェスも同じでしょうか?
西嶋院長:閉鎖空間である屋内のフェスで、ステージ前方の、たとえばスピーカーの前に立ってしまったとしたら、それは問題になるかもしれない。でも、フジロックであれば、両サイドのスピーカーの前にいたり、モッシュピットなど前のほうへ行くのでなければ、大人が「ここはうるさいな」と感じた時点で、子どもを連れていくらでも動くことができますよね。また、自分で「耳が痛い」とか「うるさい」という意思表示できて、それに合わせて移動できたり、親の言うことを理解できるような年頃になれば、枠は広げていいと思うんです。でも、抱っこの必要があったり、ベビーカーに乗せるような乳幼児は大人が守るべきですから、音の影響を考えて防音保護具である耳栓やイヤーマフなどの適正使用をするほうがいいでしょうね。
息子のイヤーマフをしてみたんですけど、普通に聴こえますよね。近くの音は聞こえて、爆音をカットするという消音ヘッドフォン。
西嶋院長:そうですね。実際より少し小さくなる程度で聴こえます。
うちの子の場合は「これはライブへ行くための変身グッズだからお耳にしよう」と毎回説明して今もすんなり受け入れています。3歳になり、「どうしてこれをしなくちゃダメなの?」と聞かれたので「大きな音だとお耳が壊れちゃうから」と伝えたところ、それも理解したようです。
西嶋院長:その子に合う、合わないもありますからね。子どもが耳栓をいやがって取ってしまったりという時にはイヤーマフで、またその逆もいいと思います。頭にしてるのが邪魔というお子さんもいるようですからね。
お話いただいた音の影響については、大人にも同じことが言えるのでしょうか?
西嶋院長:数年前、The StrypesのO-EASTのライブに行った際に、聴こえが悪くなった経験があるんです。前方で轟音にさらされていたこともあって、ライブが終わった後も、耳の中で音が響く感じが取れなくて。翌日、自分で聴力検査をしたら、案の定聴力が下がっていて。これは急性音響性難聴だな、と。急性音響性難聴の場合、症状が出始めの頃に薬を服用することで症状が治まるケースが多いので、大事に至らずに済んだ(笑)。ただこれは、40分、1時間と轟音が鳴り続くライブの話であって、フジロックとは状況が異なります。先ほども言ったように、個人差や体調の影響もありますし。箱が狭くなればなるほど音との距離も取れなくなるし、逃げ場もなくなってくるので、そういうことは起きやすくなると思うんですよね。でも、フジロックのあの広い空間ならば、もともと閉鎖的ではないですし、音が大きいと感じたなら、自分で動くこともできます。強いて音の影響が出やすいところと言えば、レッド・マーキーかなっていうくらい。でも、レッド・マーキーだって、あれだけスペースが空いていて音が拡散しているので、そんなに心配することはないと思うんですよね。
SMASH石飛:閉鎖的なライブハウスとかが概ねの例であって、自由に行動ができる野外の場合はあなた次第ですよってことでしょうか?
西嶋院長:そうですね。音響外傷とは、130dB以上の突然の強大音により瞬間的に聴覚に問題が起きることを指すのですが、たとえば爆発音や銃の発砲音、運動会のスタートのピストル音を耳元で鳴らされることで難聴になったとかね。130dBというのは耳に影響が出る可能性があるので一般的な聴力検査では出せない音。そのくらいの音が鳴ることがフジロックであるのかといえば、普通のライブの中ではまず有り得ないので。
フジロックはオペレーターへの音規制がないと聞いたことがあります。他だと100dB以下などの規制があるようですが。
SMASH石飛:朝霧ジャムの場合は100dB(音響ハウス位置基準)ですね。
西嶋院長:先ほどThe Strypesのライブで急性音響性難聴に罹患した後、薬の内服で症状が治まった話をしましたが、実はその後、彼等が出演していた朝霧ジャムにも行きまして。トラウマがあったので、恐る恐るステージの前まで行ったのですが、このときは問題ありませんでした(笑)。
(ここで実際にテスト機器を使って爆音を聴かせてもらう)
西嶋院長:これが110dBです。
SMASH石飛:きついですね。これはなかなかない爆音です。
西嶋院長:耳にキーンとくる感じがありますよね。ヘッドフォンで聴いてこんな感じなので、普通にしていて、大きな音やうるさい音が耳に響くようであれば守ってあげないといけないよってことだと思うんですよ。
SMASH石飛:でも85dBだと物足りないですね(笑)。
西嶋院長:確かに(笑)。グリーンの両サイドのスピーカーの前に立った時に、どのくらいの大きさの音を聴いているのか気にはなりますね。
SMASH石飛:スピーカー前だと110は出てるでしょうね、経験的に。でも、高い音は上の方で鳴ってるからまた違いますよね。
西嶋院長:お子さんがいると、ロックフェス=大きな会場=大きな音というところが気になると思いますが、音響外傷に気をつけましょうという点で言えば、僕自身の経験・印象では、フジロックはそんなに心配するところではないと思います。音に限らず、テレビアニメなどで光の点滅に気をつけましょうと言われるように、ライブでは光の刺激もある。光や音がガンガンしている状況に、お子さん、とりわけ未就学児がさらされているのはあんまりよろしくはないという気はしますので、そこは常識の範囲で考えましょう。
音にばかり気が取られていて、光のことは何も考えてなかった!
SMASH石飛:光量にもよるでしょう。世界的にも照明で訴えられた例はないようですが、音響ではオペレーターが訴えられた例はあるんですよ。だから、未就学児がコンサート会場に入れない、今の流れがうまれた経緯もあるようです。そういうこともあって、今日は勉強をしたかったので同席させていただきました。