毎回様々なゲストに登場してもらい、<フジロック・フェスティバル(以下、フジロック)>の魅力/思い出/体験談について語ってもらう「TALKING ABOUT FUJI ROCK」。今回登場するのは、<フジロック>初登場となるピアニストの角野隼斗。
1995年生まれの彼は、クラシックを軸足としつつもジャズやポップミュージックなど様々なジャンルのアーティストと積極的にコラボを続け、「Cateen(かてぃん)」名義でのYouTubeチャンネルは登録者数が100万人超、総再生回数は1億回を突破するなど、クラシック演奏者としては異例の人気を誇る。ボーダレスな活動を続けてきたとはいえ、野外のロックフェスに参加するのは彼にとっても大きなチャレンジとなるだろう。
Interview:角野隼斗
「ロックミュージックの精神性はクラシックの中にも含まれている」
──今年の<フジロック>出演が決まった感想を聞かせてください。
驚いていますね。自分が本来いるフィールドとは全く違う場所であることは間違いないので、「僕が出ていいんですか?」みたいな(笑)。
──でも、これまでも角野さんは世代やジャンルを越境した活動を積極的に行ってきたわけじゃないですか。
ええ。だからこそ今回オファーをいただいたとは思うんですけど。ビクビクしていますが、楽しみな部分もとてもあります。
──角野さんにとって、<フジロック>はどんなイメージでしょう。行ったことはありました?
いや、行ったことないです。他のフェスにもそんなに多く行っているわけではないですね。高校の頃にサマソニ(SUMMER SONIC)でレッチリ(Red Hot Chili Peppers)やX JAPANなどを観に行ったり、数年前に東京JAZZでチャールス・ロイドとカマシ・ワシントンを観に行ったのは思い出に残っています。
──それ以外で、音楽フェスに参加したことはありますか?
実は先日、「日比谷音楽祭」に出演したばかりなんですよ。晴天の下、野音で演奏するのはとても気持ち良かったです。あと、いわゆる「フェス」ではないのですが、パリで7月14日の独立記念日に開催される、とても大きなフェスティバルに行ったことがあります。ライトアップされたエッフェル塔のふもとでオーケストラが野外演奏をするのですが、それはかなりフェスっぽい雰囲気がありましたね。花火も上がるし。実は僕、7月14日のパリ祭がちょうど誕生日なんです。なので、それを観に行った時はとても印象深い記念日になりました。
──『日比谷音楽祭』は、出演してみてどうでした?
まず、野音のような屋外の大きなステージで演奏する機会が普段はそんなになくて。しかも、普段クラシックをそれほど頻繁に聴かない人たちにも観ていただく絶好の機会だったんですよね。そういう場所で演奏できることがとにかく嬉しく、意義のあることだなと。もちろん、そうは言いつつも怖さがありました。「クラシックピアノの演奏が、果たしてここで本当に受け入れてもらえるのだろうか?」って。そういう場で自分の世界観をどう伝えていけばいいのか、考えながら演奏することはとても緊張感のあるものでしたね。だからこそ、その場で受けたリアクションはものすごくプリミティブなものだとも思うんですよ。僕が誰なのか、演奏している楽曲はいつ誰によって書かれたものなのか、何の予備知識もないまま純粋に僕の演奏を「いい!」と思ってくれたわけなので。そういう反応をいただけるという意味ではとてもやり甲斐がありますね。
──<フジロック>のオーディエンスが、角野さんのピアノ演奏で熱狂している姿を想像するだけで興奮してきます(笑)。
ありがとうございます。例えば「ハンガリー狂詩曲」を作曲したリストなんかは、ロックスターっぽい部分はあったのではないかと思うし、それはベートーヴェンにも感じる。ロックミュージックの精神性はクラシックの中にも含まれているんですよね。僕はわりとビートのある音楽が好きなので、クラシックを弾いていても、意識的にリズムを強調することが多い。なので<フジロック>を観にくるお客さんにも、どこかで僕の演奏にシンパシーを感じてもらえたら嬉しいです。
──今のところは、セットリストなど決まっていないのですね?
めちゃくちゃ迷ってるんですよ(笑)。でも<フジロック>だからといって特別に寄せるわけではなく、自分のスタイルでできることの最大限を尽くそうと思っています。クラシックの作品と、自分の作品を織り交ぜて、グランドピアノに加えて自分のアップライトピアノも持ち込もうと思います。一般的にクラシックとか、ピアノというと癒しの音楽・上品な音楽という印象がおそらくあるけれど、それを壊していけるようなステージにできたら良いなと。
──先ほどリストやベートーベンの中にもロックの要素を感じるとおっしゃいましたが、それはクラシック以外の音楽にも積極的にアプローチしてきたからこそ気づくことができたのでしょうか。
それはありますね。例えばバルトークはもちろんスクリャービン、ストラヴィンスキーなどがジャズやフュージョンに与えた影響もあると思うし、逆にラヴェルはキャリアの途中からジャズの要素を取り入れるなどしています。特に20世紀以降の音楽は、様々なジャンルとのつながりが多分にある。僕自身もそういうことを意識しながら演奏しています。先日もラヴェルを演奏しましたが、その時はジャズを演奏した時に培ったリズム感が生かされた部分はありました。
──なるほど。これまでクラシックを聴いてこなかった、特に若い人たちが角野さんの演奏に魅了されるのは、角野さんの音楽性の中に様々なジャンルが内包されているからなのかもしれないですね。
そう思ってもらえたら嬉しいです。
「クラシックのバックグラウンドを活かした上で頑張っていきたい」
──角野さんのこれまでの活動を振り返ってみると、「異ジャンルとのコラボ」という意味ではやはり映秀。さんやmiletさんとの共演が筆頭に上げられるかと思うのですが。
映秀。の場合は「別のフィールドにいる人」という感覚が全くないんですよ。彼はクラシックは通っていないと思うんですけど、僕が気持ちいいと思う感覚と、彼がそう思う感覚が非常に近くてシンクロ率が半端なくて。彼は坂本龍一さんが大好きなので、そういう部分で通じるところがあるのかもしれないです。逆にmiletさんの場合は、全く違うフィールドからお互いに刺激を与え合うというか。「僕がこう投げたら彼女はどう返してきてくれるだろう?」みたいな、一種のコミュニケーションを楽しんでいるような感じ。たくさんのインスピレーションをもらっているという意味では、映秀。もmiletさんも同じですけどね。
──今年もショパンとガーシュインをフィーチャーした『角野隼斗全国ツアー2022 “Chopin, Gershwin and… “』からスタートし、『島本須美/麻衣/角野隼斗/菊池亮太による歌とピアノのスペシャルコンサート sings ジブリ』や『角野隼斗&エリック・ミヤシロ BNTASJO 〜国際ジャズデイ JAZZ AUDITORIA ONLINE』、黒田卓也ライブ『”SIT-IN”』への飛び入り出演など、コロナ禍でも精力的に活動をされてきました。
エリックさんとの共演は緊張しました(笑)。ビッグバンドとの共演はオーケストラとの共演にも似ていますが、ビートが強調されているからこそ自分自身のピアノ表現といい感じで化学反応を起こせることが多くて。ビックバンドの方々が異ジャンルの僕を受け入れてくれたのはとても嬉しかったです。黒田さんとはニューヨークで会って、ライブを拝見した時に「このレパートリーの中から好きな曲を選んでいいよ」と言われ、その中から「In Case You Missed It」と僕が弾き慣れている「I got rhythm」の2曲を演奏したのですが、やってみたら「In Case You Missed It」がめっちゃ難しくて選んだことを後悔しました(笑)。
──角野さんが「難しい」と感じるのはどんな時ですか?
「In Case You Missed It」はとにかくリズムが大変でした。フレーズが表拍に一つもないんですよ。(と言いながら、リフを口ずさむ)。ジャズ特有のグルーヴというか、リズムに自分を合わせていくのはかなりチャレンジングでした。黒田さんは事前に何も決めないんですよ。リハも3秒くらいで終わるし(笑)。ビッグバンドは割としっかり譜面も書くし、アンサンブルを構築していく感じなんですけど、黒田さんの場合は完全にフリーですから。いかにそこで自分をフリーにできるか。本当に刺激が多かったです。
──さて、今年の<フジロック>ですが気になっているアクトはいますか?
まずは中村佳穂さん。同じステージのようなのでとても楽しみです。この日のステージは奇妙礼太郎さんやALTIN GÜN(アルトゥン・ギュン)、ハナレグミさん、七尾旅人さんなど一筋縄ではいかないラインナップ。本番までは気が気じゃないけど、自分の演奏が終わったらめっちゃ楽しめそうです(笑)。本当はパソコン音楽クラブやどんぐりずも観たかったんですけど、30日は名古屋で公演があるので当日のみの参加なんですよ。でも僕のバンドPenthouseも深夜の苗場食堂で演奏することが決まったのでそれも楽しみです。
──最後に、今後の角野さんの活動について展望をお聞かせください。
フランチェスコ・トリスターノが11月に来日するのですが、その時に二人で演奏するのが決まったのでめちゃめちゃ楽しみにしています。色々と学びがあると思うので、例えばそういうところから何か引き出しが増やせるだろうし、それを取り入れた上でクラシックのバックグラウンドを活かした上で頑張っていきたいですね。最近アップライトを手に入れたので、それを使って色々やってみたい。内部奏法(ピアノを鍵盤ではなく、内部の弦を叩いたり弓で撥弦したりして本来のピアノにはない音色を得るための奏法)とかホールのピアノでは出来ないけど、自分のアップライトピアノなら気軽にできるじゃないですか(笑)。そういう音響的なアプローチからも曲を作ってみたいです。
Interview by Takanori Kuroda
Photo by 寺内暁