実は生粋のフジロッカー!手塚るみ子が語る手塚作品とフジロックの親和性

各界のキーパーソンたちに<フジロック>の魅力を語り尽くしてもらうこの企画。第5回目の大根仁さんに続いて登場するのは、手塚プロダクション(以下、手塚プロ)取締役で、プランニングプロデューサーの手塚るみ子さん。

手塚さんの父親は、日本の漫画の父として世界中からリスペクトされる手塚治虫氏であることはもはや説明不要だろう。手塚プロの作品といえば、『鉄腕アトム』をはじめ、『火の鳥』『ブラック・ジャック』『リボンの騎士』『ジャングル大帝』など、どれもが名作揃い。手塚氏が亡くなった後、るみ子さんは現代のコンテンツマーケットにおける手塚作品のプランニングやプロモーションを国内外で果たしている。その一環として音楽レーベル〈MUSIC ROBITA〉を設立するなど、異業種とのコラボレーションも積極的に取り組んできた。すべては手塚作品を未来に伝えていくために。

そんなるみ子さんは、実は大の音楽好き。しかも<フジロック>の常連参加者であり、いわゆるフジロッカーなのだ。今回はるみ子さんの<フジロック>にまつわるエピソードだけでなく、手塚作品と<フジロック>の親和性について語ってもらった。まずはインタビューの前編からお届けするが、最後には後編の導入部として今年の<フジロック>についてあるトピックに触れられている。果たして、その内容とは?

Interview:手塚るみ子 (前編)

朝から晩まで音楽漬けになれる。それが<フジロック>の一番の魅力。

今年の<フジロック>、手塚さんは参加されるんですか?

手塚 もう3日間通し券を買いましたよ。

先行で買っているんですね。

手塚 でも、3日間じゃ済まないですよね。前夜祭の木曜日から、日曜が明けた月曜日の帰りの締めは越後湯沢駅の前で蕎麦を食べて、ぽんしゅ館で日本酒を飲んで帰る。そこまでが私の<フジロック>なので。

<フジロック>にはいつ頃から参加しているんですか?

手塚 1997年の最初からです。天神山のあの豪雨の<フジロック>から。野外フェスは<RAINBOW 2000>がはじめてですね。でも、あれはどちらかというとテクノフェスに近いじゃないですか。いわゆるロックフェスの最初は<フジロック>です。

それから2年3年と連続で?

手塚 いえ、苗場に移ってからはしばらく行きませんでした。天神山で心が折れたというか。基本的に野外フェスは好きなんです。空が広がっている大自然の中に音楽好きな人たちがいて、周りを見渡すとアーティストが大音量でライブをやっている。この大地・人間・音楽・宇宙という構図がものすごく気に入って、それから野外フェスに行くようになったんですね。第1回目の<フジロック>にも当然それを期待して行きましたが、ご存知の通りの悪天候だったじゃないですか。まだお客さんはあの悪天候に耐えられる状況ではなかったですし、それから野外フェスに足を運んで雨の日も雷の日も体験して、自分をどう守るかを学んだと思うんです。第1回目の<フジロック>では主催者も参加者もすべてがまだ慣れていないところがあったので、いろいろな面でみんな痛い思いをしましたよね。

では、何年前から苗場に参加するようになったのですか?

手塚 2003年にアンダーワールドを目当てで行きましたね。気持ちがロックフェスから離れてもクラブシーン寄りのフェスには行っていましたから、2003年にアンダーワールドが<フジロック>で来日するということにものすごく惹かれて。それで苗場に行くと決めてからは、ほぼ皆勤賞かなと。

はじめての苗場はどうでしたか?

手塚 会場の環境としては非常に広くて、他のフェスと比べても解放感が全然違うなと。ステージ間の距離もありますけど、あの規模のフェスは他にはありませんし、そこが面白いところですよね。今振り返っても2003年のアンダーワールドとビョークが来日した回はものすごい数のお客さんが来ていた印象がありますよ。

そこで<フジロック>の魅力を再発見してからは、ほぼ毎年参加しているんですね。

手塚 そうですね。3日間開催されるので、私は1日とか2日だけではなくて、とにかく3日間音楽三昧。朝から晩まで音楽漬けになれるというのが<フジロック>の一番の魅力なんです。毎朝起きたら「今日は何を観よう」とか頭の中に音楽のことしか入っていない状況が3日間も続く。<フジロック>の3日間だけは他のことを何も考えなくていい。それが一番の楽しみとしてハマりました。

なるほど。3日間、がっつりとライブを見る感じなんですね。

手塚 最初の頃はタイムテーブルに赤線を引いて、ここの移動がどのくらいの時間とか計算しながら観ていましたけど、最近はすっかり年を取ってしまってきつくなりますね(笑)。<フジロック>は相当広いので、どうしても全部のステージを網羅できないですよね。希望通りにシミュレーションしていても追い付けなくて、「もういいや」って諦めることもあります。でも、そこがまた楽しいんだと思います。

今まであの会場の中で印象的な事件とか出来事はありますか?

手塚 プライベートなことで申し訳ないんですけど、あれだけの人が参加しているので、友達と「現地で会おうね」って約束しても会えた試しがないんですよ。待ち合わせ場所に行ってもそこにすごい人がいたり、「●●のステージのモッシュピットで会おうね」と約束しても絶対に見つからない。でもなぜか、昔付き合っていた男の人には必ず会うっていう(笑)。しかも、それがアラヤヴィジャナ(AlayaVijana)というバンドを自分の〈MUSIC ROBITA〉というレーベルからリリースしていたときに、一度<フジロック>に出演させていただいたんですね。演奏が良かったので、ライブを観た人たちがCDを買いに集まってくれた中、ふとCDを渡したのが彼だったんです。それから必ず見かけるんですよ。キティ・デイジー&ルイスのライブのときも、CJ Ramoneのモッシュピットにいたときも、ふと横を見るといるんです。リッチー・ホーティンのときもそう。

特に言葉は交わさないんですか?

手塚 まったく。ちょっといい別れ方をしなかったので(笑)。もう別れて何年も経っていますけど、実はその彼が第1回目の<フジロック>に一緒に行った人なんです。2人で痛い思いをして帰ってきて、その翌年に別れたのに、2003年から苗場に行くようになって必ず見かけているっていう。ものすごくプライベートな話ですみません……。

いやいや、貴重なエピソードをありがとうございます(笑)。手塚さんは地球環境のラジオ番組をされていましたが、<フジロック>は日本最大規模であると同時に、世界一クリーンなフェスとも呼ばれていますよね。環境という面で、参加者の中には大自然のロケーションを守りながら音楽を楽しむというのが浸透していると感じますが、手塚さんにはどう映りますか?

手塚 <フジロック>が発信するメッセージを多くのお客さんが学んでいますよね。環境問題は世界的に言われていることだけれど、いざ日常生活になると、頭では分かっていても身近な問題としてはそれほど感じられないと思うんです。ところが<フジロック>の会場に行って、「ゴミを分別してください」とか言われると、自分の問題として密接に、ゴミを分別して捨てる。<フジロック>という社会の中ですごく発信してきたことをみんなが守っているんですよね。ボランティア、協力団体の皆さんも一丸となって取り組んでいる姿勢に対して、お客さんには感謝の気持ちがある。ただ、少し飽和している感じがここ数年はあるかもしれません。海外のフェスに比べたら、まったくクリーンだと思うんですけど、10年以上も苗場で発信してきた中から学んで習慣づいてきた人とは違う、新しい世代のお客さんが来ていますよね。<フジロック>はこういうものだと先輩方から聞いていながらも、少しずつだらしなさが観客側に出てきてはいるんだろうなと思います。

たしかに。

手塚 特に過酷な天候に戦いを挑むことになると、どこかでちゃんと律していられない部分が出てきますし、いいやと思ってしまう。そこに、ゴミの問題が出てきてしまうんだろうなと。浸透していた<フジロック>ルールが違う世代が入ってきたことによって、なかなか上の世代から下の世代に受け渡すという流れにはなっていないのかもしれませんね。

手塚治虫にインスパイアされて新しい何かを作ることの面白さ。

なるほど。では、<フジロック>で非日常的な体験をして、その翌日から日常に戻りますよね。苗場で過ごした時間から、日常生活にフィードバックされてくるものはありますか?

手塚 <フジロック>という環境にいることは、ものすごく多様性があるじゃないですか。音楽ももちろん多様性はありますし、世代を超えたいろいろな人間が苗場に来るので、感覚的に自分と近い人もいればゴミの感覚とかも違う人もいる。音楽的な多様性も人としての多様性も見えるので、ある意味、大きな社会の縮図ではないけど、多様性の中にいる自分がいかにそれを受け入れられる度量を持てるか。そういうことを繰り返していくうちに、居心地の良さを自分なりに作っていくし、その相手を受け入れると思うんです。実際に裏側の部分で、制作側は大変な思いをされているし、私たち観客の見えないところでいろいろなことが起こっていると思いますけど、私たちからすると、<フジロック>はものすごく平和で居心地の良いフェスなんですよね。その平和にいるためには過酷な天候に対しても耐え得るだけの自分が必要だし、多様性を受け入れるための柔軟性も必要。そういう部分を培って社会に出れば、自分の立ち位置を作っていけるだろうし、多少の困難が来ても柔軟にかわせると思います。

あの3日間での経験をそのまま日常生活に持ち帰ることができるはずですよね。

手塚 そうそう。私の精神論的な部分では、<フジロック>の世界観というのは一つの理想郷なんです。忌野清志郎さんをはじめ、なぜミュージシャンが<フジロック>で平和を歌ってきたのかというと、彼らは<フジロック>が平和だから、あの世界観が一つの理想だと共感していたからだという気がします。

清志郎さんの名前が出ましたが、誰もが認める<フジロック>のアイコンであり、シンボルの一人ですよね。そんな方との交流から、手塚治虫記念館で最近<忌野清志郎展>を開催していました。

手塚 清志郎さんは憧れのミュージシャンの方なので、交流なんておこがましいのですが、1998年に『ATOM KIDS Tribute to the king “O.T.”』というアルバムを作ったんですね。それは手塚治虫の生誕70周年を記念して作ったトリビュートアルバムなんですが、清志郎さんにも参加していただいたんです。そのときにはじめてお目にかかって、もちろんRCサクセションの頃からライブを観ていましたし、ずっと憧れていました。清志郎さんは手塚に対してのリスペクトの気持ちを持ってくださっていて、私のラジオ番組に出演いただいたり、キャンペーンに曲を提供していただいたり、私のエッセイを文庫化するときには「手塚治虫はビートルズなんだ」というあとがきを寄せてくださったりと、手塚あってこその交流でした。あの言葉があったから、手塚記念館で清志郎さんの展覧会をやる意味があると思ったんです。

きっと清志郎さんをはじめ、多くのミュージシャンの方の中にも、手塚作品から受けてきた手塚イズムみたいなものがあるんでしょうね。そもそも、音楽レーベルを立ち上げることを決めた理由を教えてもらえますか?

手塚 〈MUSIC ROBITA〉は2003年に立ち上げたんですが、『鉄腕アトム』の原作上でアトムが誕生したのが2003年なんですね。そのタイミングでアトムをテーマにしたテクノのアーティストを集めたオムニバス盤を作りたいと考えていたんです。手塚作品と音楽をつなげる新しいコラボレーションをやっていきたいという想いも強くなっていきましたね。

一般的に、レーベルにはアーティストが所属していて、そのアーティストの作品をリリースする機能がありますけど、〈MUSIC ROBITA〉はいわゆるレーベルとは違いますよね。

手塚 手塚治虫が生み出したキャラクターがあって、それぞれに関わる作品をリリースしていくというレーベルなんです。音楽レーベルとしては異色ですが、そういうものもあっていいだろうと思って〈MUSIC ROBITA〉を作りました。ウチの場合は企画ありきなのであまりコンスタントにリリース出来ないんですけど、手塚作品とミュージシャン、双方のモチベーションが合致したときに何かを作ってリリースするという形態ですね。手塚治虫ありきから、ミュージシャンを募るという方法は、私にしか出来ないことだと思うので。

2014年の<フジロック>では、初日のフィールドオブヘブンのROVO×System 7のステージで、VJの演出として火の鳥が飛びましたよね。ああいった形で手塚作品がアニメ・漫画以外のジャンルと交わることで、これまでとは違うファン層が増えるきっかけになると思っていて。

手塚 そうですね。手塚世代のファンの方たちはかなり年齢が上で、今の若い世代の中には、手塚治虫は知っていても漫画を読んだことがないという人が増えてきているんですね。そんな状況で、日本に限らず海外のアーティストの方たちが、実は手塚治虫にすごく影響を受けていると伝えてくださると、そこを入口にすごく関心を持ちやすくなる。音楽とのコラボレーションが手塚作品を知ってもらうための一つの窓口になるので、音楽やファッション、雑貨にゲームといったところに、常に手塚作品が顔を出せるようなきっかけを作っていきたい。それは私の仕事の一つですね。

今や手塚作品の認知は、国内だけでなく海外にも広く伝わっていますし、僕の中では日本を象徴する文化のひとつという認識です。

手塚 おかげさまで、『火の鳥』や『ブラック・ジャック』など多くの作品がヨーロッパやアジア圏で翻訳されていますし、本屋さんに行けば手に入る状況です。あとは、アーティストの方たちの手塚作品の解釈が素晴らしく、面白いものを出してくださるのも大きいですね。『火の鳥』はアニメ化されてはいますけど、原作の中でどういう音が鳴っているかは誰も分からないじゃないですか。その音を表すというところで、System 7が“Hinotori”として彼らのオリジナリティとして新しい音楽を作ってくれるのは嬉しかったですね。私にとって、アーティストが手塚治虫にインスパイアされて新しい何かを作るという創作の二次行為がとても面白いんです。その創作を若い人たちに面白いと思ってもらいたくて。

最終的には原作を読んでもらうきっかけになってほしいのはもちろんですが、それ以上の何かが生まれるかもしれませんね。

手塚 そうですね。若い人たちがいつか自分のクリエイティブをするようになったときに、手塚治虫がモチーフになってほしいとも思っていて。それは音楽ではなくても、ファッションでも映像でもいいんです。手塚治虫はもうこの世にはいませんけど、手塚イズムやスピリットが二次使用、三次使用という形で広がって、気付けば50年100年先と世界中の子どもたちにいろいろな形で楽しんでもらえている。そんな未来になってくれるといいなって思っています。今年<フジロック>で取り組む(フジロック・オフィシャルショップ)岩盤さんとのコラボレーションもそこにつながってくれると嬉しいですね。

text&interview by Shota Kato[CONTRAST]
photo by Chika Takami

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