GREENステージからWHITEステージまでの途中、少し小高くなったところにインディアン砦のような巨大なすべり台があります。子連れ参加の方にはお馴染みの、あの場所が<フジロック>・KIDS LANDです。

そこにはメリーゴーランド、キュートな画伯たちが集う「KIDSペイント」、スタッフのお姉さんが描いてくれる「フェイス・ペインティング」、普段見ることができない「布芝居」、音を楽しむためのワークショップ「楽器づくり」や自分でお買い物ができる「駄菓子屋」など、てんこ盛りのお楽しみが子どもたちのために用意されています。

さらに奥の森へ進むと、なにやら楽しげに響き渡る子どもたちの声が聴こえてきます。そこがぜひ体験してほしい、子ども達が自分の意志で自由に遊ぶことができる森の中の解放区「森のプレーパーク」です。

近所の公園とは違う大自然の中のダイナミックな遊び場にはステージもあり、「森の音楽会」も開催され、フジロックならではのプログラムを親子で楽しむこともできます。

今回は「森のプレーパーク」の番人・プレーリーダーである「めだか」こと、嶋村仁志さんのお話をご紹介します。

FREE CHILDREN!

子どもたちの解放区〈キッズランド〉森のプレーパーク(Festival Echo’14 より一部抜粋)

豪雪地帯の山々で育つ木々は、若木のころより雪の重みに根元を圧し曲げられ、それでも自らの力でまっすぐに空に向かって伸びるので、どれもアルファベットのJのようなかたちをしている。そんな形状を上手に利用した、まるで西部劇にでも出てきそうな砦のような滑り台が、<フジロック>のキッズランドの象徴だ。キッズランドは子どもたちの好奇心と冒険心をくすぐるプレーパークとして、年々そのエリアを森の奥へと広げ、そこでは、多くの親子連れが思い思いにフジロックの森を楽しんでいる。

プレーパークは、子どもたちが「自分の責任で、自由に遊ぶ」をテーマに、自分で考え、自分で遊びをつくることができる場所だ。そこには既存の公園にあるようなわずらわしいルールや、お仕着せの遊具などはいっさいない。そのかわり、そこには、子どもたちが自由に工作できる刃物や穴を掘るスコップ、焚き火が起こせるカマドなどがある。

medaka_4 【こどもフジロック】こどもフジロックのススメ。②

「<フジロック>に今のような形でキッズランドがあるのはとてもいいなぁと思っています。遊ぶって、子どもは子どもなりの『今』を自分で決められる、すごく大切な時間でもあります。子どもは、遊ぶことで自分で自分の人生をコントロールすることを学ぶんですよね。それが、大人が連れていかなければ、絶対に行けないようなフェスの中にあって、子どもたちのそんな空間が実現されているというのは、まったく偉大なことです。そう考えると、緻密にプログラムされたエンターテインメントは、悪いとは言いませんが、残念ながら子どもにとっての『遊ぶ』の代わりにはならないんですよね」

と語るのは、<フジロック>のキッズランドでプレーリーダーとして温かなまなざしで子どもたちの遊びを見守る嶋村仁志、通称「めだか」だ。「めだか」というのは、遊び場で子どもたちが付けたニックネームだ。嶋村さんは、学生時代にプレーパークとの出会いがあり、子どもが遊ぶ場での関係のあり方や環境作りを学ぶ「プレイワーク」という専門分野を本場イギリスで修めた。

「そういう学問が外国にあるっていうことも、プレーパークで知り合った方から教わりました。初めて行ったプレーパークで、おもしろいなと思ったのは、乳幼児から小学生、中学生、父ちゃん、母ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんまで、なんか世代がすごく広いのに、同じ場所で、それぞれが違うことをしながら楽しんでいるっていうのが不思議な感覚でした。今までそんな場所、見たことが無くて。でも、そこでいろんな世代の人と話せたり、子どもたちと遊んだりすることが新鮮で心地よかった。お互いがそれぞれに楽しんでいることって、いいなって単純に惹かれたんです」

常設のプレーパークが日本に初めてできたのは1979年、国連の国際児童年がきっかけだった。今も世田谷で運営されている羽根木プレーパークが最初で、現在、全国に320カ所ほどあるといわれている。しかし、すべてのプレーパークは常設の遊び場ではなく、週に何度か、または月に数回と不定期に開設されるところも多い。

「やはりプレーパークというのは、定期的に開催されることで、そこが子どもたちの居場所となり、子どもたち同士の社会性が形成されていきます。そうした場祖では、『指導する大人』と『遊ぶ子ども』とは違った関係の中で子どもたちが育っていきます。子どもたち同士の間でも、自然に自分たちの感じたスピリットを次の世代に伝えていくようなことも見られます」

medaka2 【こどもフジロック】こどもフジロックのススメ。②

子どもたちが自らの意志で「やってみたい」と思うようなことには必ずリスクもある。禁止ばかりの遊び場にしないようにするためには、その地域の人たちが運営の主体にいることが重要だ。さらに、常設のプレーパークでは、子どもの気持ちに寄り添うためにも、やはりプレーリーダーの存在がなくてはならない。

「ふだんの点検は欠かせませんが、普通の公園では『やめなさい』となってしまうところも、ここでは、「大丈夫ですよ〜、ちょっと見てましょうよ」って伝えるようにしています。でも、まずは、子どもが遊びたいように遊べるっていいですよね、っていうことを目の当たりにして、大人も何かが変わる。そうやって大人も子どももそこで成長していく。そんな空気を地域に広げていくことが大切だと思っています」

そのためには、プレーリーダーも含め、子どもに関わる大人の人たちの“技術”が育って欲しいと、めだかさんは言う。

「“技”の部分は、『スキル』なので誰もが学べますが、“術”というのはその人の価値観や生き方の表現がにじみ出てくるものです。それは、誰かを思いやる気持ちや今までに出会った人の数や経験、失敗したことや嬉しかったこと、ながした涙の数だったり(笑)。大切にしたいのは、『子どもたちをどうするか』よりも、じつは『私たち大人がどうするか』ですかね。だから<フジロック>なんかでも、いろんな子どもとの出会いを大切にしたいですね」

<フジロック>のキッズランドは、たしかに年に1回、3日間だけの開設だが、ほかとは、ハザードの大きさがぜんぜん違う。スケールの大きさに加え、価値観の異なるさまざまな来場者、そして年々増えているという子どもの人数……。そして何よりも、そこは、都会とは違う、苗場の圧倒的な自然環境のただ中であるということだ。

「自分の責任で、自由に遊ぶ」それは、プレーパークのみならず、<フジロック>のスピリットとも通じる。子どもたちという野生が、遊びを通して成長し、自立していくのを温かく見守る、そんな術を私たちが会得していかなければならない。この自然のなかで試されているのはじつは私たち大人なのである。

文=滝沢守生

medaka_profile 【こどもフジロック】こどもフジロックのススメ。②

嶋村仁志(しまむら・ひとし)

1968年、東京都生まれ。英国の大学でプレイワークの専門課程を学び、1996年から羽根木のプレーパークをはじめ各地のプレーパークにて、プレーリーダーとして勤務。2010年にTOKYO PLAYを設立。日本冒険遊び場づくり協会理事。近刊に『男の子の乗り越える力を育てるワンパク体操』〜就学前にさせたい10のこと〜(メディアファクトリー刊)などがある。

大人の見守る中で様々な体験できるキッズランドには、巨大なテント内にオムツ交換所や授乳所なども設置されているので家族連れには心強いエリアです。

子どもの足では入場ゲートからキッズランドまでの道のりはとても時間がかかると思います。子どもの歩幅に、視線に合わせて、休み休み進む道すがら、山の緑や川の音、鳥や虫の声などの都会では知ることのできないものを一緒に見たり聴いたりすることを楽しんでみてはいかがですか?

辿り着いた「KIDの森」では、丸太の遊具で度胸試しもいいでしょうし、森のステージを観ながらのんびり過ごすのも、楽しみ方はそれぞれの自由。深呼吸をして、ゆったりと、かけがえのない時間をお子さんと共にお過ごしください。ただし、「ケガと弁当は自分持ち」ということもお忘れなく!

文=早乙女‘dorami’ゆうこ

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