新潟県 湯沢町 苗場スキー場で25回目の開催となる<フジロック>。これまで湯沢町は、単なる開催地の行政としてだけでなく、「フジロックの森プロジェクト」を通じての会場周辺の整備(ボードウォークを事前に整備するボランティア・キャンプの開催など)や開催へ向けての官民一体となった協力体制の構築、さらにはふるさと納税の返礼品として<フジロック>のチケットなどの関連商品を取り扱うなど、主催であるSMASHと密接に連携してその歴史を進めてきた。

今年もさまざまな連携が想定されるが、中でも注目したいのが、昨年から始まった<フジロック>のチケットなどが新潟県湯沢町から、ふるさとチョイス限定のお礼の品として受け取れる「ふるさと納税」制度だ。

今回は湯沢町長・田村正幸SMASH執行役員・石飛智紹による対談企画を実施。湯沢町と<フジロック>のこれまでの歩みから、昨年から始まった湯沢町の「ふるさと納税」とその深化について、フェスと開催地である地元、という特別な関係にこそ生まれるシナジーとは──。聞き手として、日本全国の各地域で開催される音楽フェスを紹介した『フェス旅 ~日本全国音楽フェスガイド~』を先日刊行したFestival Life編集長・津田昌太朗を招き、両者の関係を紐解いてもらった。

4ebcc6a501bab2f1589350eb4a45b769 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock
田村正幸
湯沢町長
2024_05_18_225 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock
石飛智紹
SMASH執行役員

涙を超えて辿り着いた現在の<フジロック>の姿

津田昌太朗(以下、津田):まず、田村町長と石飛さんの関係性、そして湯沢町と<フジロック>との関わりについて教えてください。

石飛智紹(以下、石飛):私はSMASHで<フジロック>の運営関係を担当しています。その一環で、行政との窓口として長年湯沢町のみなさんと一緒に活動しています。今年は苗場での25回目の<フジロック>、振り返るとさまざまな関わりを通して歴史を重ねてきました。今は“蜜月の仲”と言いますか(笑)。町長や職員のみなさんと屈託のない相談をしながら、<フジロック>の円滑な運営を進めています。

田村正幸(以下、田村):私は町長に就任して、今年でちょうど10年になります。それまでも町会議員をしていましたので、<フジロック>の存在意義についてはもちろん知っていました。ですが、町長に就任してから<フジロック>の大切さや、地域と一生懸命協力し合いながらフェスティバルを進めている姿を改めて見て、「町役場としてもできることを応援をしていかなきゃならない」という強い思いを持ってこれまで取り組んできました。

2024_05_18_197 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock
今年のボードウォークキャンプの様子

津田:苗場での<フジロック>開催当初の関係から現在に至るまで、どのような変遷をたどってきたのでしょうか?

田村:石飛さんや<フジロック>の創始者でもある・日高(正博)さんも含め、フェスティバルの運営側と苗場地区の皆さんとの協力体制によって1999年に苗場での初回が開催されました。その中で、歴代の町長や議会も、<フジロック>による大きな経済的な効果があるということ、また地域を豊かにしてくれるという部分を認識していました。

また、“蜜月”という点では、2020年の開催中止を決定した時に石飛さんが涙されていて。「本当にやりたいんだけど、やれないんだ」という思いがこもった涙に共感しました。この25年という年月が、SMASHさんとの連携の中で生まれてきていると捉えています。

湯沢町とSMASH、連携と信頼の歴史

津田:1999年からどのような変遷を経て“蜜月”までたどり着いたのかをお訊きしたいです。

石飛:歴史を紐解くと、<フジロック>の黎明期は“流浪のフェスティバル”と言われてたんです。「一体来年はどこで開催できるんだろう?」という状況の中で、急遽苗場での開催が決まりました。ですので、最初は行政のみなさんとお話をする機会がなかったんです。

その数年後の2004年に、秋のボードウォークを開催した際に中越地震が発生しました。我々もその脅威を身に染みて感じたのですが、当時のBBSで「新潟の人が心配だ」とか「あそこのおっちゃんどうしてるかな」とか、そういった声が書き込まれていたんです。

津田:当時そのような投稿や声を聞いたのを覚えています。<フジロック>のファンにとっては、苗場を「第二のふるさと」と捉えている人も多いように思います。

石飛:その直後に湯沢町と共催でチャリティーコンサートを開催して、当時の町長と県庁へ出向き知事に寄付を渡したのが、<フジロック>と湯沢町とのより深い関係がスタートするきっかけだったと認識しています。その後も信頼を重ねながら、2011年には新潟県と湯沢町とSMASHの三者で協定をして、「フジロックの森プロジェクト推進協議会」を立ち上げました。そして当時から今まで、その会長を田村町長に務めていただいています。

また、2020年の中止を決定したのも、弊社会議室と町長室をZoomで繋いで、協議の上で中止を決めました。そこからまた再起し、二人三脚で第一歩目の階段を上り、2021年以降の開催を進めています。

2024_05_18_146 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock

津田:2021年は全国各地で多くのフェスが中止・延期になっている状況の中、湯沢町のサポートもあり<フジロック>は開催に踏み切れたというわけですが、町が開催を全面的に支援できた背景にはどういったものがあったのでしょうか?

田村:まず、町として<フジロック>を応援をしていくにあたって、 SMASHと地域との信頼関係があります。正直、町にも「なんでやるんだ」というようなお声が町内外からメールや電話で届きました。しかし、2020年から1年経過した中で、ワクチンの接種であったり、さまざまな予防のための環境が構築されてきました。 加えて、感染拡大防止の取り組みの中でSMASHは、抗原検査キットをチケット購入者の8割を超す希望者に送付されました。そうした努力から、なんとか開催のご協力を進めることができました。

コロナ禍でもきちんと体制を取ってフェスティバルが開催できたということは、私にとっても誇りですし、石飛さんをはじめ関係者の方々も同じようなことを感じられているのではないかと思います。

信頼に裏付けられたふるさと納税の導入

津田:昨年からはふるさと納税の返礼品として<フジロック>のチケットなどが選べるようになりました。

田村:私が三期目の選挙へ出馬した際に「ふるさと納税の倍増計画」を掲げました。子育て支援の強化や安全安心のまちづくり、さらには高齢者の課題など、さまざまな事柄について新たな政策を展開していくために、「ふるさと納税」の拡充を考えています。そうした状況の中で、世界に通用する<フジロック>をふるさと納税の返礼品に加えたく、石飛さんをはじめ主催者側の方々からのご理解をいただいて、昨年から実施しています。

加えて、<フジロック>は湯沢町にとってなくてならないイベントであり、風物詩とも言えるものです。しかし、<フジロック>開催期間のトイレの環境など、開催期間中の問題もあります。そういったものに対して、「ふるさと納税」を活用していきたい側面もありました。

石飛:これまで<フジロック>発の新しい連携プロジェクトを一緒に進めていく中で、そこに散見する課題や、その課題の先にある根本的な──いわゆる行政区としての──課題を我々も具体的に知るようになりました。例えば、山間部における生活インフラのぜい弱性や救急医療の課題などです。そこで「ふるさと納税」にご協力することで、湯沢町の課題も解決できる可能性があり、それらがフジロック開催時も有効に機能することで開催環境がもっと良くなると思ったんです。そうすると、最終的に<フジロック>に来るお客さまにとってもより良い環境に近づける。そういった観点で、「ふるさと納税」が湯沢町で良い方向に使われていくということは、我々にとってもメリットのある話なんです。

田村:会場内のボードウォークを繋ぐ「みどり橋」を架け替えする時に、 クラウドファンディングを募集したら、1千数百万円のお金が集まりました。<フジロック>のファンの方々は、以前から町全体を思い遣ってくれていたんですね。そういった<フジロック>をきっかけに湯沢町に来てくださるお客さまと町との接点づくりという意味でも、「ふるさと納税」の返礼品として<フジロック>を取り扱うことを依頼してきました。

2024_05_18_182 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock

津田:ふるさと納税を開始したここ一年で、具体的な反応を受け取ることはありましたか?

石飛:一番多かったのは「ようやくやってくれたんだ」という声です。ふるさと納税の制度自体が既に定着している中で、 「本当に欲しいものにシフトしてくれてよかった」といった意見をSNS上でもよく見かけました。

津田: 最近はフェスのチケットが返礼品となっている地域も増えてきました。その中でも、先駆けとなった<フジロック>が特徴的だと思ったのは、宿泊券やお食事券など、入場券以外で楽しめる要素が入っていること。主催側と行政側が実際の<フジロック>ファンのニーズを考慮して返礼品を検討したのかなと。

石飛:お客さんのニーズにどこまで合わせられるか、そのためにお互い知恵を重ね合わせて返礼品を選定しました。ふるさと納税は、返礼品の割合上限が寄付額の30パーセントという制限の中で寄付額(納税額)が決まっていく制度です。その上で、「みんなで作る」というフェスティバルのポリシーに応じて、さまざまな方にメリットを享受していただけるラインナップにしたかった。ですから納税額のハードルをなるべく低く設定できるように工夫した結果、町に無理を言って1万円の寄付で実質3千円の飲食ができるお食事券(Thankyou Ticket)も返礼品に加えることができました。実は結果的に一番の人気で、昨年の場合は1000件ほどの参加がありました。

元々、湯沢町さんには「ありがとう湯沢」応援感謝券という、食事に限らず町内で使える返礼品があるんですよ。そのような金券を返礼品として出すノウハウっていうのを湯沢町は持っていたので、そういった点でも安心でした。

津田:もともとある仕組みやノウハウをフェスにもしっかり還元してくれるというのも、フェスと地元の良好な関係の証だと思います。それでは最後になりますが、改めて湯沢町にとっての<フジロック>はどのような存在ですか?

田村:<フジロック>は世界中で認知されていて、多くのファンがいます。そのフェスティバルが湯沢町で開催されているということは、 本当に誇りです。<フジロック>をさらに盛り上げるお手伝いを町としてはやっていきたいですし、<フジロック>は湯沢町にとってなくてはならないものだと思っています。

石飛:「<フジロック>は、出演者とスタッフ、そしてお客さんのみんなで作るものだ」ということはずっと言い続けていますけど、そういった意味で町民の方々も一緒になってお祭りを作ろうという意識が非常に高まっています。町中でお客さんと一緒に町民の皆さんも混じり合って楽しむ祝祭空間を一緒に作れる可能性というものを強く感じていますね。そのためにも、小中学生には早いうちに体験をしてほしくて、近隣の学校に通う生徒さんと保護者の皆さんには長年ご招待を重ねているという面もあります。やはり、フェスを作るのは「人」じゃないですかね。

2024_05_18_180 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock

ふるさと納税の詳細はこちら

INFORMATION

フェス旅 日本全国音楽フェスガイド

c668fc1bb633921939f0b7c70b7a3aae 地元とフジロックの”密”な関係。湯沢町長・田村正幸とSMASH執行役員・石飛智紹が語る、二人三脚の歴史と信頼のサイクル #fujirock
2024年4月17日(水)
文:津田昌太朗
定価:1,815円(税込)
ISBN:978-4-7780-3630-0
仕様:A5判・144頁並製
発行:小学館クリエイティブ
発売:小学館
詳細はこちら