人との出会い、音楽との出会い
この連載「20回目のフジロックに思うこと」の裏テーマは、〈フジロック〉が「ライフスタイル」になった背景を、僕なりに探ろうというものだった。
〈フジロック〉が苗場に根付いてから数年経って、日本には野外フェスの文化が定着していった。かつては70年代の〈ウッドストック〉にも通じる非日常の「事件」のイメージと共に語られていたロックフェス自体も、より身近な「レジャー」として親しまれるようになっていった。
〈フジロック〉は、昨今のアウトドアブームの拡大にも大きな影響を与えた。
苗場の天気は変わりやすい。安いビニール製のレインコートでは心もとない。参加者の間には、突然の雨にも対応できるよう、オシャレな防水仕様のウェアや長靴が広がっていった。00年代中盤からはアウトドアメーカーも本格的に〈フジロック〉に協賛するようになった。軽量で小型化したギアも普及し、カラフルなテントが並ぶ光景は野外フェスの風物詩にもなった。
そして、いまや〈フジロック〉は、友人や仲間との出会いの場所や、再会の場所にもなってきている。
そのことは、この「富士電子瓦版」で連載されている「TALKING ABOUT FUJIROCK」での著名人たちの証言が裏付けている。浅野忠信さんはこう語る。
<フジロック>でしか会えない友達に会えるから毎年行きたくてしょうがない。僕にとってはそういう場所なんですよね。
奥浜レイラさんは、こんな風に言う。
あの場では初めて会った人でも、次に他の場所で会ったときにはひとつ壁を越えているようにすら感じられる。きっとあの場の気持ちを共有した仲間になれてるんですよね。大人になってから仕事とか関係なく友達ができることってあまりないと思うけど、<フジロック>ってそういうことが可能な、貴重な大人のためのテーマパークという感じがするから。
ただし。〈フジロック〉の魅力の真ん中にあるのは、やはり音楽だ。「ここに行けば面白い音楽に出会える」という期待がフェスのブランドになってきたのは間違いない。この記事では、それについて書こうと思う。
ヘッドライナーはレッド・ホット・チリ・ペッパーズやベックやシガー・ロスなどロック・シーンの大物がつとめる〈フジロック〉だが、実のところ、そのラインナップの内実はかなり多ジャンルだ。ロック、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、レゲエ、ジャズ、ブルース、ワールド・ミュージック……。さまざまな国の、さまざまなミュージシャンが集う。
だから、オーディエンスの中にも、特定のアーティストの熱狂的なファンよりも、いろんな音楽を自由に楽しもうというムードを持った人が多い。同じ「TALKING ABOUT FUJIROCK」のコーナーで、沢尻エリカさんは、こんな風に言う。
音楽は全般的に好きですけど、何か一つのジャンルに特化して詳しいわけではないんですよ。幅広く聴く私にとっては、<フジロック>はどこでも新しい音楽との出会いがあるから楽しいですね。
さらに言うならば、単に「いろいろある」ところじゃないところが面白い。ジャンルや国境を超えたメンツが集まっているわけでなく、そのラインナップから、世界中に広がる音楽シーンの同時代性を感じ取ることができる。「今、面白い音楽は何なのか?」。そういう問いに応えるようなライブを体感することができる。ただ豪華なだけではない。新しい音楽との出会い、その刺激を味あわせてくれる面々が並ぶ。
20回目を迎えた今回の〈フジロック〉もそうだ。現時点で発表されているラインナップからも、いくつかの文脈を見て取ることができる。
一つは、先鋭的なエレクトロニック・ミュージック。EDMのような快楽的なパーティー・ダンス・ミュージックではなく、美しく、神秘的な世界に没頭させてくれる電子音を鳴らす面々だ。その筆頭はディスクロージャー。ディープ・ハウスをベースにした彼らのサウンドは、メランコリックな耽溺性を持っている。
Disclosure – Omen ft. Sam Smith
ジェイムス・ブレイクも見逃せない。3作目となるニューアルバム『ザ・カラー・イン・エニシング』がリリースされたばかり。前回はホワイト・ステージに痺れるような深い低音を響かせた彼が、より洗練された新作を携えて再び出演を果たす。
James Blake – I Need A Forest Fire (ft. Bon Iver)
新世代の才能も登場する。その筆頭がMURA MASAだ。UKはロンドンを拠点とする弱冠19歳のプロデューサー/マルチインストゥルメンタリスト、本名アレックス・クロッサンによるプロジェクト。静謐ながら品のあるビートは、JAMIE XX以降のセンスを感じさせる。
Mura Masa – Love For That feat. Shura (Official Video)
東京出身の3ピース、D.A.N.も見逃せない。“ジャパニーズ・ミニマル・メロウ”というコンセプトを掲げて活動する彼らのひんやりと冷たいエレクトロニックな音像からは、ロンドンと東京という場所を超えた同時代性を感じる。
D.A.N. – Ghana (Official Video)
そして、二つ目の文脈は、ここ最近になって音楽ファンから熱い注目を集めている「新世代ジャズ」のシーン。ヒップホップやネオソウル、R&Bと交接し、今のブラック・ミュージックの潮流にも強い影響を与えている。その中心にいるのが「現代ジャズ・シーンの最重要ピアニスト」ロバート・グラスパーだ。彼は今年マイルス・デイビスに捧げるトリビュート作『エヴリシング・イズ・ビューティフル』をリリースしたばかり。かなり刺激的なステージになるだろう。
Robert Glasper Experiment – Calls ft. Jill Scott
カマシ・ワシントンも期待大。ケンドリック・ラマーやフライング・ロータスの寵愛を集めるLAのジャズサックス奏者だ。壮大なスケール感のサウンドと怒涛のプレイをみせてくれそうだ。
Kamasi Washington performing “Re Run Home“ Live on KCRW
昨年の初登場ではベスト・アクトに挙げる声も多かったceroも、ロバート・グラスパー以降の流れの影響を受けたアーティストだ。今年はレーベルメイトVIDEOTAPEMUSICとのコラボで出演する。
さらには、独自の歩みでジャズを革新してきた菊地成孔率いるビッグバンドdCprGも登場する。この並びも「現代ジャズ」を巡るアメリカの東海岸と西海岸、そして日本を巡る同時代性を感じることができるラインナップだ。
三つ目はメタルとポスト・ロックの新しい潮流。世界中にセンセーションを巻き起こした『メタル・ダンス・ユニット』BABYMETALについては、改めて説明する必要もないだろう。
興味深いのは、同じ日にDEAFHEAVENが出演するということ。BABYMETAL目当てに初めてフジロックを訪れる人は、ぜひ一度観てみてほしい。ブラック・メタルとシューゲイザーを融合させた音楽性で知られる彼ら。それは2010年代のメタルシーンの新しい潮流の象徴でもある。そのライブは切迫感あるビートと濁流のような轟音を浴びる唯一無比の体験になるだろう。
Deafheaven – “ Brought to the Water“
「轟音」というキーワードでいえば外せないのがEXPLOSION IN THE SKYだ。
静寂から徐々に水位を高めていき洪水のようなノイズの奔流に至るその音楽性は00年代以降「ポスト・ロック」というジャンルで括られてきたが、彼ら自身はエレクトロニカやオーケストラの精神性を取り入れて、その表現の幅を広げてきた。
Explosions in the Sky – Wilderness
バトルズ、トータス、アルバム・リーフなど、ポスト・ロックの大物たちが集う今年のフジ・ロック。一つの言葉ではくくれないほどの多様性を持って根付いてきたシーンの内実を感じられる3日間になるはずだ。
まだまだ紹介したいアーティスト、そこに連なるシーンは沢山ある。コートニー・バーネットやジャック・ギャラックなど新世代のシンガーソングライターも楽しみだし、LUCKY TAPESやSuchmosやHomecomingsなど日本のインディ・シーンの充実も感じることができる。けれど、これくらいにしておこう。
ポイントは、〈フジロック〉らしさというものが、環境や雰囲気だけでなく、毎年のラインナップ、それを支えるセンスやキュレーションの積み重ねによって生み出されてきた、ということだ。
フジロックは「仲間や友人に出会える」場所であり、それと同時に「新しい音楽に出会える場所」である。その「出会い」の積み重ねこそが〈フジロック〉の魅力となってきたのだと思う。
柴 那典/しば・とものり ライター
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「NEXUS」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談連載「心のベストテン」、「リアルサウンド」にて「フェス文化論」、「ORIGINAL CONFIDENCE」にて「ポップミュージック未来論」連載中。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。